こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ジョン・ウィック:パラベラム

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銃器や刃物だけではない。ハードカバーの分厚い稀覯本や観光馬車用の馬の後ろ脚、厳しくしつけられた猛犬、疾走するバイク、そしてベルト。丸腰で襲われたときは手の届く範囲にあるあらゆるものを武器に変え、身を守り、攻撃する。物語は、巨大犯罪組織から賞金を懸けられた伝説の殺し屋が次々と襲い掛かる刺客相手に奮闘する姿を描く。今度の敵は自分が属する組織の上層部が送り込んできた腕利きのプロ。ギャングばかりではない、日本人が率いる忍者部隊もいる。特殊部隊が着用する防具は防弾仕様で、後頭部の隙間に銃弾をぶち込まないと彼らは死なない。数的にも火力も圧倒的に劣勢の中、主人公が見せる超人的な身体能力とタフネスはこの第3作でも健在だ。細部にまで凝りに凝ったスタイリッシュなショットの連続がエンドレスな殺戮を美学にまで昇華する。

主席連合の殺し屋たちを撃退しながら逃走するジョンは、ロシア人の伝手を頼ってモロッコに渡る。かつての盟友・ソフィアの案内で首長に会おうとするが失敗、砂漠でひとり取り残される。

篠突く雨が降り注ぐ街を走りながら敵を排除し、馬を駆りながらバイクの追っ手を振り切る。数十本のナイフを投げたかと思うと短い剣を振り回す。パンチにキック関節技から投げ技締め技まで雑多な格闘技を駆使して十数人を一気に仕留める。さらにソフィアと猛犬の絶妙のコラボもスピード感たっぷり。もはや理由などどうでもいい、ただどれだけ多種多彩な殺し方があるのかそのアイデアの数を誇るかのような展開に思考停止状態に陥ってしまう。死体の山を築いていくジョンの振る舞いはあくまでもクールだ。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ロシア人の劇場で舞うバレエダンサーから聖域解除されたホテルのガラス張りフロアまで、耽美主義ともいえる映像のみならず、女裁定人の冷酷なまでな口の利き方とスキンヘッド殺し屋&弟子たちの礼儀正しさもまたこの作品の世界観をユニークなものにしていた。それにしても “guns,lots of guns” と、ジョンが「マトリックス」のセリフを言うのには笑った。

監督  チャド・スタエルスキ
出演  キアヌ・リーブス/ハル・ベリー/イアン・マクシェーン/ローレンス・フィッシュバーン/アンジェリカ・ヒューストン/マーク・ダカスコス/ エイジア・ケイト・ディロン
ナンバー  238
オススメ度  ★★★


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http://johnwick.jp/

ジョーカー

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3人も殺してしまった。もう後戻りできない。だが、心に湧き上がるのは後悔や自責の念ではなく、“オレもやればできる” という奇妙な高揚感と全能感。逃げ込んだトイレの中、パントマイムのような仕種で全身にみなぎる力を確認し覚醒するシーンは鳥肌が立つほど美しい。物語は、老母の介護をしながらコメディアンを目指す男の孤独を描く。精神疾患で薬に頼り、周囲からも不気味がられている。自分では面白いと自信のネタはまったくウケない。せっかくもらった仕事でも失敗する。そんな、格差の底辺でもがきながらもさらに沈んでいく主人公を、肋骨が透け鎖骨が浮き上がるまで削ぎ落した肉体でホアキン・フェニックスが演じ切る。怒りと絶望が狂気に昇華される過程は、置き去りにされ搾取され虐げられた貧困層の怨念が凝縮されていた。

ピエロのバイトをクビになったアーサーは酔って絡んできたエリート会社員を射殺・逃亡する。何事もなかったように過ごしていたが、世間は “ピエロメイクの容疑者” を英雄視し始める。

一方、母から、市長候補で大富豪のウェインとの関係を聞かされたアーサーは彼に面会に行く。そこで知った母の過去、調査を続けるうちに信じていたものすべてが虚構だったと悟る。少しは周りに迷惑をかけてはいるけれど、母や友人には優しく接し、人気TVショーに出演するささやかな夢を追ってきた。真面目に働いてまっとうに生活する努力も怠らなかった。それなのに、どうして人生を否定されるほどの屈辱を受けなければならないのか。不満と鬱憤を募らせていく姿は、彼の行為こそがこの歪んだ世界ではむしろ正義ではないかと思わせる。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

トークライブ映像がきっかけに憧れの司会者・マレーの番組に招待されたアーサーは、そこでジョーカーと名乗り、己の信念を貫く。バットマンとの因縁もきちんと織り込まれ、彼がなぜこれまでのバットマン映画で破壊活動を繰り返してきたか、その真実に迫っていく。それは、人間らしく生きる権利を奪われた者たちが起こした革命なのだ。

監督  トッド・フィリップス
出演  ホアキン・フェニックス/ロバート・デ・ニーロ/ザジー・ビーツ/フランセス・コンロイ/ブレット・カレン
ナンバー  237
オススメ度  ★★★★


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http://wwws.warnerbros.co.jp/jokermovie/

テルアビブ・オン・ファイア

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異教徒の言葉は自在に操れても、細かいニュアンスや軍人の習慣までは知らない。対立する隣国を舞台にしたメロドラマの構想を練る青年は、あろうことか敵対国の司令官に相談を持ち掛ける。物語は、パレスチナの撮影所に勤務する脚本家が、イスラエル将校のアドバイスを元にドラマを完成させるまでの奮闘を追う。アラブ人が描くイスラエル人はどこかぎこちなくリアリティがない。将校の指摘は的確で、彼のアイデアを取り入れると現場では大好評。ところが、仕事に行くために毎日将校と顔を合わすうちに脚本家は次第にストーリー作りの主導権を奪われていく。「ブロードウェイと銃弾」に似た展開ながら、紛争地域でも平時には一般市民も兵士も殺気立っておらず、両民族が同じ番組を楽しんでいるあたりが人々のしたたかさを感じさせる。

ADのサラームは、パレスチナ女スパイとイスラエル将軍が恋に落ちるドラマのヘブライ語監修するうちに、脚本を任される。だが、検問所の所長・アッシは設定が不自然と文句をつける。

サラームは検問所を通るたびにアッシと打ち合わせするようになるが、日ごとにアッシの脚本への要求は厳しくなる。プロデューサーはなかなか変更を認めてくれない。さらに主演女優のわがままに付き合わされる羽目に。サラームは板挟みになりながらもこのチャンスを逃すまいと寝る間を惜しんで執筆する。一方で、元恋人のマリエルと縒りを戻そうと奔走する。かつては戦火を交え未だ和平未合意なのに、話してみれば相手も同じ人間。サラームとアッシが交流を深める過程がコミカルに再現され、立場を超えて結ばれた友情も押しつけがましくなくて好感が持てる。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

その間、サラームはマリエルと交わした会話をそのまま恋人同志のセリフにするなど、着実に観察眼を磨き腕をあげている。そして衝撃のラスト。関係者全員の要求を満たすオチを考え出したサラームの笑顔は、お互いにもっと知恵を出し合い妥協点を見つけるようにすれば、国家間レベルの対立も解決するはずと訴える。

監督  サメフ・ゾアビ
出演  カイス・ナシェフ/ヤニブ・ビトン/マイサ・アブドゥ・エルハディ/ルブナ・アザバル/ナディム・サワラ/ダユーセフ・スウェイド
ナンバー  235
オススメ度  ★★★★


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http://www.at-e.co.jp/film/telavivonfire/

ゴーストマスター

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恋に憧れる女子高生が放課後の教室でイケメン男子からの告白を待つ、はずだった。だが彼女の期待は無残にも押しつぶされる。突然の衝撃と血飛沫、あまりのグロさに目を見張るが、その後にふつふつと沸き上がるほのかな滑稽さ。まさに映画史上最凶の “壁ドン” 誕生の瞬間だ。きちんと調べたわけではないけれど……。物語は、山奥のロケ地に閉じ込められた恋愛映画の撮影隊が、悪霊に乗り移られた俳優と闘う姿を描く。全身全霊で脚本を書き上げた。監督になるチャンスをうかがうためパシリに甘んじてきた。そんな主人公が直面する現実は厳しい。それでも監督の罵声に耐え出演者を宥めすかしスタッフのご機嫌を取るのはいい作品にしたいから。彼ら映画の魅力に取りつかれた人々の純粋な思いはむしろ美しい。

設定に納得いかない勇也を説得する助監督の黒沢は、自身のオリジナル脚本「ゴーストマスター」に血が滴り、魂が宿るのを目撃する。ゴーストマスターは勇也に憑依しロケ隊を襲い始める。

演技にこだわりを持つ勇也は爛れた顔になってもカメラを向けると役者魂が戻り、「OKですか」と訊きながら高校生役を演じ続ける。生き残った黒沢と助演の真菜ら数人のメンバーは協力して勇也を倒そうとするが、超人的パワーに歯が立たない。次々と勇也に文字通り血祭りにあげられていく様はB級映画の王道。さらにさまざまな旧作からメタファーを引用し、その過程で少しずつ愛をまぶしていく展開は、限られた予算でちょっとでも心に残るショットを撮ろうとする映画人の苦心に満ちていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

その間、浮かび上がってくるのが、こんなしょぼい現場でも映画への夢をあきらめていない人たちの情熱。追い詰められても “カメラを止めるな!” とばかりに撮影はやめない。そして一息ついたときに口からこぼれる映画愛。「カメラの前に立つ人生か、スクリーンの前に座る人生か」と己に問う真菜と、鬼気迫る表情で映画を完成させようとする黒沢が対峙するクライマックスは、映画に捧げた彼らの人生が凝縮されていた。

監督  ヤング・ポール
出演  三浦貴大/成海璃子/板垣瑞生/永尾まりや/原嶋元/寺中寿之/篠原信一/川瀬陽太/柴本幸/森下能幸/手塚とおる/麿赤兒
ナンバー  223
オススメ度  ★★★*


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http://ghostmaster.jp/

ひとよ

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母の勇気は、殴られ蹴られ痣だらけ傷だらけの地獄から救ってくれた。だが本当の地獄はそのあとにやってくる。心無い視線を向けられた。夢をあきらめた。ずっと秘密にして息をひそめるようにして暮らしてきた。物語は、子供たちを守るためにDV夫を殺した女が服役・放浪を経て戻ってきたことから起きる、残された家族たちの葛藤を描く。懐かしい再会になるはずだった。涙の抱擁で迎えられるはずだった。しかし、母を待っていたのは大人になった子供たちの遠慮がちな態度。人殺しの子供というレッテルは耐えがたい苦痛だった。町の人々の偏見にさらされるくらいなら父に暴力をふるわれていた方がマシだった。助けてくれた母に対し、複雑で歪んだ感情しか持てない3兄弟妹の割り切れない思いがリアルに再現されていた。

夫を轢き殺したこはるは、大樹・雄二・園子の3人息子娘たちに、“これからは自由に生きろ” と言い残して自首する。15年後、帰ってきたこはるに、3人はどう対応していいかわからない。

特に雄二は露骨にこはるへの憎しみを表出させる。小説家になりたかったのにいまだにフリーライターに甘んじている自分の弱さをこはるに転嫁し、大樹や園子にたしなめられる。母の不在に慣れ切っていた大樹や園子もそれぞれに問題を抱えていて、母子4人で食卓を囲んでも会話は弾まない。一方でこはるはまだ記憶の中のイメージを引きずっていて、子供たちの食事の支度をする。母が子を思う気持ちは時間と共に濃密になり、子が母を思う気持ちは成長と共に拡散する。その温度差に共感した。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

事件後、実家のタクシー会社は親戚が引き継いでいたが、こはるの帰還によって、今度はその会社が嫌がらせを受ける。地元住民もう忘れているのに雄二は過去を蒸し返して母に復讐しようとする。ところが、むしろ雄二の仕打ちが、こはるだけでなく大樹や園子の抑えてきた心のしこりを解放するのだ。厄介だが縁を切るわけにもいかない、でもやっぱり最後は協力し合う肉親の絆、それを愛というのだろう。

監督  白石和彌
出演  佐藤健/鈴木亮平/松岡茉優/音尾琢真/佐々木蔵之介/田中裕子
ナンバー  231
オススメ度  ★★★


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https://hitoyo-movie.jp/

ヘルボーイ

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地上に這い出した巨大な怪物たちは逃げまどう人々を襲い、食らう。つかんだ両手と両足を左右に引っ張って胴体を引きちぎり、逆さ吊りに両足を持って股裂きにし、頭を踏みつぶす。まるで残虐なハンティング楽しむかのようなショットの連続はスプラッター・ホラー以上の衝撃だ。物語は、人間に育てられた “悪魔の子” が、復讐のために蘇った魔女と闘う姿を描く。真っ赤な体にいかつい顔、大きな角は切り落としてはいるが手入れは欠かせない。性格はひねくれているが正義感は強い。肉体は何度斬られても刺されても決して傷つかない。カッコよさや爽やかさとは対極にある不細工なヒーローは、“本当は暴力に訴えたくないが仕方なく相手をぶちのめしている” 感にあふれ、その瞳は哀しみに満ちていた。

米国超常現象調査防衛局捜査官・ヘルボーイが巨人を倒すために英国出張、そこでアーサー王に倒された魔女・ニムエの復活を知る。ヘルボーイ霊媒師のアリス、戦士のベンとチームを組み対処する。

英国の対魔界組織・オシリスのメンバーが中世風のコスチュームと槍、剣、そして馬に乗って巨人退治に向かう。銃器をぶっ放すヘルボーイと違い、いかにも魔術や呪術が現役で通用するこの作品の世界観を象徴していた。また、猪突猛進の猪頭の怪人やスパイダーウォークで暴れまわる片目の婆など、個性的なサブキャラもインパクトが強い。破壊する側も防衛する側も、ニムエとアリス以外はほとんどが極端な異形で、世間の偏見に耐えて生きてきたことをうかがわせる。それ故に素直な心が育たず、他人に対して懐疑的攻撃的になっているあたりが新鮮だった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ただ、見せ場となるはずのバトルシーンは単調で、その他のアクションにもスピード感も切れ味も欠けるのが残念。もがれた手足が飛んできたり、ぶちのめされた死体が崩壊したりと、飛び散る血や肉片の量は多いのだが、もっと臨場感があってめくるめくような体験をさせてほしかった。ロブスターがキャプテンアメリカそっくりなのが笑えたが。

監督  ニール・マーシャル
出演  デビッド・ハーバー/ミラ・ジョボビッチ/イアン・マクシェーン/サッシャ・レイン/ダニエル・デイ・キム/トーマス・ヘイデン・チャーチ/td>
ナンバー  234
オススメ度  ★★


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ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち

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競争相手に1000分の1秒差をつけるだけで市場の儲けを総取り、濡れ手に粟の大金が転がり込んでくる。ところが、そのアイデアを結実させるためには乗り越えるべき難問が山積されている。物語は、1600キロに及ぶ光ケーブルを直線で埋設しようとした男たちの奮闘を描く。あくまで通信速度にこだわり、わずかなカーブも許さない。民家から地権を買い、硬い岩盤を掘削し、地上げに応じない信仰集団の村は大深度を通す。一方で出資者を説得し工事業者に指示を出し新たなアルゴリズムを開発させる。恐ろしいほどの早口でまくしたて、口八丁手八丁で不可能を可能と信じさせる主人公をジェシー・アイゼンバーグが熱演、さらに彼ら以上に強欲で冷酷で自信家の女上司をサルマ・ハエックが怪演、マネーゲームに毒されたウォールストリートの住人をシニカルに再現する。

株式トレーダーのヴィンセントはプログラマーののアントンと共に最速取引を実現する計画を立て、密かに実行に移す。だが、元上司のエヴァに知られ、執拗な妨害工作を受ける。

資金調達は順調だった。工事技術者と業者もすんなり見つかった。土地の買収もおおむねうまくいっている。しかし、巨大山脈が立ちふさがり通常の掘削機では歯が立たない。エイミッシュの村人はカネに興味を示さずケーブル敷設は一切認めない。机上のプランでは見えなかった現場のトラブルを次々とヴィンセントが解決していく姿は、理想を具象化するためにチャレンジする者は他人の倍働く覚悟と行動力が必要と訴える。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

アントンの居場所を突き止めたエヴァは彼を脅迫した上にFBIに刑事告訴、ヴィンセントも胃がんの進行で体調がすぐれず、もはや敗色濃厚。ひと握りの勝者の陰で彼らのような敗者が大勢いる。それでもほどほどの成功では満足せずトップを目指す。健全とは思わないが、米国の自由競争・資本主義の精神はまだまだ健在だとこの作品は教えてくれる。ただエヴァ流鉄塔のほうが合理的と素人でも気づきそうだが、当時は技術的障壁が高かったのだろうか。

監督  キム・グエン
出演  ジェシー・アイゼンバーグ/アレキサンダー・スカルスガルド/サルマ・ハエック
ナンバー  233
オススメ度  ★★★


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http://hummingbirdproject-movie.jp/