こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール

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生まれた時からほとんど見えなかった。盲学校でわずかに残っていた視力も消えた。だが、彼には天賦の歌声があった。物語は、オペラ歌手として世界的な名声を得た盲目の男の前半生を描く。演奏家やマッサージ師といった視覚障碍者向けの職業にはつきたくない。ならばと法律家を目指して晴眼者対象の進学校に入学する。文字は読めなくても音読と録音テープで補い猛勉強、それでも音楽の夢は忘れられず夜は酔客相手にピアノを弾きながら歌を聞かせる。その間ずっとチャンスを待ち続けるがなかなか朗報は来ない。主人公の人生における転換点を劇的に取り上げる展開にせず、下積み時代の苦労エピソードの連続は、ハンディが斟酌されない実力の世界で生きていく彼の覚悟がうかがわれる。

視覚障害アモスは幼少時からオペラのレコードに親しみ、少年時代はコーラスで褒められる。声変わりして美声を失うと弁護士目指して普通高校に進学、そこで親友だったアドリアーノと再会する。

2人はユニットを組み音楽活動を始めるが、アモスはかつてのような朗々とした歌唱曲を歌うわけではない。ところがナイトクラブで「椿姫」をデュエットしたことから再びクラシック歌唱法のすばらしさに目覚める。しばらくして、知人の紹介でマエストロと呼ばれる声楽家の下に弟子入り、訓練の日々を送る。このあたり、どんな特訓を施したのかを見せてほしかったのだが、マエストロは沈黙こそが最高の練習という。喉を休めるのも上達する秘訣なのだ。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

その後、有力なエージェントに認められ、パバロッティの代役を務める話が持ち上がる。いつオファーがあってもすぐに応じられるように仕事をセーブしているのに、なしのつぶて。思い切ってエージェントに会いに行くが、ほとんど門前払い。経済的な苦境の中、妻とも険悪になっていく。そしてやっとステージに立てた時には30歳をとうに超えている。障害や挫折を乗り越えての成功というテンポの良いバイオグラフィではなく、待った時間の長さで芸能界の苦労を偲ばせる稀有な構成だった。

監督  マイケル・ラドフォード
出演  トビー・セバスチャン/アントニオ・バンデラス/ルイザ・ラニエリ/ジョルディ・モリャ/エンニオ・ファンタスティキーニ/ナディール・カゼッリ
ナンバー  229
オススメ度  ★★★


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ライフ・イットセルフ 未来に続く物語

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美しく頭の回転も速くユーモアもあった。なにより愛しあっていた。だが彼女は突然去ってしまった。物語は、妻の不在からくる喪失感に苛まれる男と、彼と運命を交差させた人々の人生を描く。彼女のことはすべて頭の外に押し出したい。しかし、セラピーでは乗り越えなければならない課題でもある。少しずつ記憶をたどるうちによみがえってくるのはウイットの効いた会話と笑い声の絶えない日々。精神科医は、その思い出を過去のものとしてきちんと昇華しないうちは心の安定は訪れないままだという。なのに男はさらなる深い悲しみと絶望に打ちひしがれる。その一方で、確実に人々の思いは受け継がれている。“人生は信頼できない” という妻の卒論中の言葉に、それでも未来は信じる価値があると付け加えたくなった。

出産直前の妻・アビーが姿を消し悲嘆にくれるウィル。学生時代に知り合い、結婚し、幸せの絶頂にいたウィルにとって、アビーのいない日常は耐えられないほど苦しかった。

アビーはいなくなったが、赤ちゃんは無事生まれウィルの両親が引き取る。ディランと名付けられその娘は祖父に大切に育てられるが、音楽にのめり込むようになると反抗的になり、祖父を負担に感じ始める。祖父にしてみれば、物質的にも愛情も十分に与えたのにもう言うことをきいてくれない不満は大きいはず。身内はディランひとりしかいないのに、彼女が自分から離れていく寂しさがリアルに再現されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

スペインのオリーブ農場では、実直な農夫・ハビエルと愛妻、ひとり息子のロドリゴが仲良く暮らしている。彼らが家族旅行でNYを訪れたのを機にアビーの悲劇が起こるのだが、さらに十数年後、NYに渡ったロドリゴが特別な体験をする。人と人は数奇な縁で繋がっている。隣にいるのは無関係な他人ではなく、いつかどこかで接触した人かもしれないし、将来出会う人かもしれない。見知らぬ他人を見る目を変えてくれる作品だった。それにしてもなぜハビエルは地主の厚意に頑なな態度を取ったのだろうか。

監督  ダン・フォーゲルマン
出演  オスカー・アイザック/オリビア・ワイルド/マンディ・パティンキン/オリビア・クック/ライア・コスタ/アネット・ベニング/アントニオ・バンデラス
ナンバー  228
オススメ度  ★★★*


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ヒキタさん! ご懐妊ですよ

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検査のために訪れた産婦人科の待合室、数人の妊婦のなか初老のオッサンがひとりで順番を待つ。2時間も居心地の悪さに耐えやっと診察室に入ったら、今度は女性医師から精子が不活性だと告げられる。薄々気付いていたが面と向かって宣告されたときの衝撃。男として値踏みされ、その価値を否定されたような屈辱感がリアルに再現されていた。物語は、ベテラン作家と若い妻の “妊活” を描く。彼女の生殖機能には問題はない。夫の精子は20%しか動いていない。相談した医師からは具体的なアドバイスはなく、己の頭で考え行動するしかない。民間療法から迷信までなんでも試した。酒を断ち運動し節制に励んだ。それでも叶わない夫婦の願い。人工授精をするたびに青い蓋のカプセルに精液を入れて提出する、そのトホホ感がほのかな笑いを誘う。

子供を作らないと決めていたヒキタとサチ夫婦だったが、友人の子を見たサチが心変わりする。毎朝基礎体温を測り始めたサチは、排卵日には早く帰宅するようヒキタに求める。

だが、タイミング法では結果が出ず、人工授精に切り替えるヒキタとサチ。何度も医師の説明を受け、世間で誤解されているような “試験管ベビー” ではないことを確認し、周囲にも理解させる。一方でヒキタは活性精子の割合を上げるためにあらゆる努力を怠らず、そのための生活習慣がむしろ心地よく感じるまでになっていく。どこかドライな関係だったヒキタとサチが妊娠という共通の目的を通じて絆を深めていく過程は、夫婦の愛にもさまざまな形があると教えてくれる。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ただ、映画の語り口はあくまで緩く、「妊活入門編」の域を出ていないのが残念。授かりたいサチの切実な思いがヒキタに伝わり、ヒキタもサチに劣らず我が子を熱望するようになる変化も表層をなぞっているだけ。なにより伊東四朗扮するサチの父の無礼で非常識なキャラクターには興ざめした。義理の父に嫌われているヒキタから見たデフォルメした振る舞いなのはわかるが、もう少し気の利いた表現があったはずだ。

監督  細川徹
出演  松重豊/北川景子/山中崇/濱田岳/伊東四朗/
ナンバー  241
オススメ度  ★★


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蜜蜂と遠雷

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工房の小さな窓から差し込むやわらかな光を浴びながら、若い男女は月をテーマにした名曲を連弾する。彼女は失意のどん底からの再起を期し、彼はピアノの楽しさを全身で表現する。音楽に人生を賭ける覚悟が揺らいでいる者と、音楽こそ人生と定められた運命の下に生まれてきた者の対比が印象的だった。物語はプロ演奏家への登竜門的なピアノコンクールに参加した4人の若者たちの戦いを描く。エリート街道を歩んできた者がいる。大きな挫折を味わった者もいる。天真爛漫な神童がいる。妻子持ちの苦労人もいる。それぞれが背負ってきた過去と進むべき未来図を胸に抱いて鍵盤に集中し、指先から紡ぎ出されるメロディに全人格を凝縮させる。皆、お互いが最高のパフォーマンスができるように協力する、そんな競争相手に対する敬意が心地よかった。

天才少女と呼ばれていたがコンサートをドタキャンし一線から身を引いていた亜夜は、会場で幼馴染のマサルと再会する。マサルジュリアード音楽院で英才教育を受けていた。

伝説のピアニストからの推薦状を携えた塵は審査員の意見を二分するほどの斬新さとテクニックを持つ。サラリーマンの明石は仕事と子育ての合間に練習を重ね、“生活者の音楽” を標榜する。各々の個性と想像力が試される二次選考、超絶技巧と自由な発想で聴く者を魅了する塵と、あくまで正攻法を極めようとするマサルの、対照的な世界観の違いが興味深かった。一方で、彼らほどの才能には恵まれなかった明石の “凡人の最高峰” というべき奏法は、とんがった部分がない分素人にはわかりやすかった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

恋も友情も青春のきらめきも、普通の人間ならば誰もが通る道を彼らは知らない。ステージではピアノに捧げた情熱と成果のみが問われている。芸術の神に選ばれるためにはあらゆる煩悩を断って不断の努力を続けるべしと彼らの生き方は示していた。ただ、長大で濃厚な原作を忠実に映像化するには2時間という上映時間では消化不良。音符が洪水のごとく押し寄せる本選曲にも疲れた。

監督  石川慶
出演  松岡茉優/松坂桃李/森崎ウィン/鈴鹿央士/平田満/アンジェイ・ヒラ/斉藤由貴/鹿賀丈史
ナンバー  239
オススメ度  ★★*


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https://mitsubachi-enrai-movie.jp/

ジョン・ウィック:パラベラム

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銃器や刃物だけではない。ハードカバーの分厚い稀覯本や観光馬車用の馬の後ろ脚、厳しくしつけられた猛犬、疾走するバイク、そしてベルト。丸腰で襲われたときは手の届く範囲にあるあらゆるものを武器に変え、身を守り、攻撃する。物語は、巨大犯罪組織から賞金を懸けられた伝説の殺し屋が次々と襲い掛かる刺客相手に奮闘する姿を描く。今度の敵は自分が属する組織の上層部が送り込んできた腕利きのプロ。ギャングばかりではない、日本人が率いる忍者部隊もいる。特殊部隊が着用する防具は防弾仕様で、後頭部の隙間に銃弾をぶち込まないと彼らは死なない。数的にも火力も圧倒的に劣勢の中、主人公が見せる超人的な身体能力とタフネスはこの第3作でも健在だ。細部にまで凝りに凝ったスタイリッシュなショットの連続がエンドレスな殺戮を美学にまで昇華する。

主席連合の殺し屋たちを撃退しながら逃走するジョンは、ロシア人の伝手を頼ってモロッコに渡る。かつての盟友・ソフィアの案内で首長に会おうとするが失敗、砂漠でひとり取り残される。

篠突く雨が降り注ぐ街を走りながら敵を排除し、馬を駆りながらバイクの追っ手を振り切る。数十本のナイフを投げたかと思うと短い剣を振り回す。パンチにキック関節技から投げ技締め技まで雑多な格闘技を駆使して十数人を一気に仕留める。さらにソフィアと猛犬の絶妙のコラボもスピード感たっぷり。もはや理由などどうでもいい、ただどれだけ多種多彩な殺し方があるのかそのアイデアの数を誇るかのような展開に思考停止状態に陥ってしまう。死体の山を築いていくジョンの振る舞いはあくまでもクールだ。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ロシア人の劇場で舞うバレエダンサーから聖域解除されたホテルのガラス張りフロアまで、耽美主義ともいえる映像のみならず、女裁定人の冷酷なまでな口の利き方とスキンヘッド殺し屋&弟子たちの礼儀正しさもまたこの作品の世界観をユニークなものにしていた。それにしても “guns,lots of guns” と、ジョンが「マトリックス」のセリフを言うのには笑った。

監督  チャド・スタエルスキ
出演  キアヌ・リーブス/ハル・ベリー/イアン・マクシェーン/ローレンス・フィッシュバーン/アンジェリカ・ヒューストン/マーク・ダカスコス/ エイジア・ケイト・ディロン
ナンバー  238
オススメ度  ★★★


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http://johnwick.jp/

ジョーカー

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3人も殺してしまった。もう後戻りできない。だが、心に湧き上がるのは後悔や自責の念ではなく、“オレもやればできる” という奇妙な高揚感と全能感。逃げ込んだトイレの中、パントマイムのような仕種で全身にみなぎる力を確認し覚醒するシーンは鳥肌が立つほど美しい。物語は、老母の介護をしながらコメディアンを目指す男の孤独を描く。精神疾患で薬に頼り、周囲からも不気味がられている。自分では面白いと自信のネタはまったくウケない。せっかくもらった仕事でも失敗する。そんな、格差の底辺でもがきながらもさらに沈んでいく主人公を、肋骨が透け鎖骨が浮き上がるまで削ぎ落した肉体でホアキン・フェニックスが演じ切る。怒りと絶望が狂気に昇華される過程は、置き去りにされ搾取され虐げられた貧困層の怨念が凝縮されていた。

ピエロのバイトをクビになったアーサーは酔って絡んできたエリート会社員を射殺・逃亡する。何事もなかったように過ごしていたが、世間は “ピエロメイクの容疑者” を英雄視し始める。

一方、母から、市長候補で大富豪のウェインとの関係を聞かされたアーサーは彼に面会に行く。そこで知った母の過去、調査を続けるうちに信じていたものすべてが虚構だったと悟る。少しは周りに迷惑をかけてはいるけれど、母や友人には優しく接し、人気TVショーに出演するささやかな夢を追ってきた。真面目に働いてまっとうに生活する努力も怠らなかった。それなのに、どうして人生を否定されるほどの屈辱を受けなければならないのか。不満と鬱憤を募らせていく姿は、彼の行為こそがこの歪んだ世界ではむしろ正義ではないかと思わせる。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

トークライブ映像がきっかけに憧れの司会者・マレーの番組に招待されたアーサーは、そこでジョーカーと名乗り、己の信念を貫く。バットマンとの因縁もきちんと織り込まれ、彼がなぜこれまでのバットマン映画で破壊活動を繰り返してきたか、その真実に迫っていく。それは、人間らしく生きる権利を奪われた者たちが起こした革命なのだ。

監督  トッド・フィリップス
出演  ホアキン・フェニックス/ロバート・デ・ニーロ/ザジー・ビーツ/フランセス・コンロイ/ブレット・カレン
ナンバー  237
オススメ度  ★★★★


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テルアビブ・オン・ファイア

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異教徒の言葉は自在に操れても、細かいニュアンスや軍人の習慣までは知らない。対立する隣国を舞台にしたメロドラマの構想を練る青年は、あろうことか敵対国の司令官に相談を持ち掛ける。物語は、パレスチナの撮影所に勤務する脚本家が、イスラエル将校のアドバイスを元にドラマを完成させるまでの奮闘を追う。アラブ人が描くイスラエル人はどこかぎこちなくリアリティがない。将校の指摘は的確で、彼のアイデアを取り入れると現場では大好評。ところが、仕事に行くために毎日将校と顔を合わすうちに脚本家は次第にストーリー作りの主導権を奪われていく。「ブロードウェイと銃弾」に似た展開ながら、紛争地域でも平時には一般市民も兵士も殺気立っておらず、両民族が同じ番組を楽しんでいるあたりが人々のしたたかさを感じさせる。

ADのサラームは、パレスチナ女スパイとイスラエル将軍が恋に落ちるドラマのヘブライ語監修するうちに、脚本を任される。だが、検問所の所長・アッシは設定が不自然と文句をつける。

サラームは検問所を通るたびにアッシと打ち合わせするようになるが、日ごとにアッシの脚本への要求は厳しくなる。プロデューサーはなかなか変更を認めてくれない。さらに主演女優のわがままに付き合わされる羽目に。サラームは板挟みになりながらもこのチャンスを逃すまいと寝る間を惜しんで執筆する。一方で、元恋人のマリエルと縒りを戻そうと奔走する。かつては戦火を交え未だ和平未合意なのに、話してみれば相手も同じ人間。サラームとアッシが交流を深める過程がコミカルに再現され、立場を超えて結ばれた友情も押しつけがましくなくて好感が持てる。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

その間、サラームはマリエルと交わした会話をそのまま恋人同志のセリフにするなど、着実に観察眼を磨き腕をあげている。そして衝撃のラスト。関係者全員の要求を満たすオチを考え出したサラームの笑顔は、お互いにもっと知恵を出し合い妥協点を見つけるようにすれば、国家間レベルの対立も解決するはずと訴える。

監督  サメフ・ゾアビ
出演  カイス・ナシェフ/ヤニブ・ビトン/マイサ・アブドゥ・エルハディ/ルブナ・アザバル/ナディム・サワラ/ダユーセフ・スウェイド
ナンバー  235
オススメ度  ★★★★


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