こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ヒッチコック

otello2013-04-08

ヒッチコック HITCHCOCK

監督 サーシャ・ガヴァシ
出演 アンソニー・ホプキンス/ヘレン・ミレン/スカーレット・ヨハンソン/ジェシカ・ビール/ダニー・ヒューストン/ジェームズ・ダーシー/トニ・コレット
ナンバー 83
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています

金属をこするような短く甲高い旋律に合わせて踊るように腕を振るヒッチコック。スクリーンに投影された狂気と観客が体験した驚愕を“あのシーン”を見せずに再現し、イマジネーションを刺激する。恐怖とは、まさに人間の想像力の産物であることを、この作品の監督はヒッチコック同様に熟知しているのだろう。同時に、ヒッチコック自身が抱えていた失敗への不安を一気に払拭し、新たな試みが大成功を収めた瞬間を見事に描き切っていた。すでに巨匠の地位にあった主人公がいかにしてキャリアの最高傑作を生み出したか、物語はその裏にあった妻との葛藤、映画会社との軋轢、資金難と神経症といった知られざる苦悩に迫る。

新作「サイコ」に着手したヒッチコックだが、内容から映画会社は製作費を出さず映倫の許可は出ない。自己資金で制作を始めたが妻・アルマに飲酒美食も禁じられ苛立ちは募るばかり。さらにアルマの浮気を疑い始め殺人鬼の幻覚に悩まされる。

糟糠の妻であり最大の理解者であるアルマはヒッチコックに意見できる唯一の存在。陰に日向に夫を支え自ら脚本も執筆する彼女には、スタジオでは独裁者のヒッチコックも頭が上がらない。撮影がとん挫しかかり、高ぶる神経を宥めるために彼女の助言を求めようとするヒッチコックが徐々に疑心暗鬼に陥る過程は、ヒッチコック本人が撮ったスリラーさながらの心理的サスペンスに満ちている。怒りや嫉妬こそ創造の源、“神”と呼ばれたヒッチコックもまた繊細な感情に支配された人間だったのだ。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

完成した「サイコ」は内覧試写で酷評される。それでもアルマの励ましで再編集し、効果的な音楽をつけて、絶叫の代名詞となる歴史的名場面が誕生する。しかもヒッチコックは画期的なプロモーションでファンの期待と飢餓感を煽り、映画監督としてだけでなく宣伝マンとしても稀有な才能も発揮する。当時60歳、感性を常に研ぎ澄ませていれば、斬新なアイデアのひらめきに肉体的な年齢は関係ないとこの映画、つまりヒッチコックは教えてくれる。

オススメ度 ★★★

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