こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

タッチ・オブ・スパイス

otello2005-02-18

タッチ・オブ・スパイス


ポイント ★★★
DATE 05/2/10
THEATER BUNKAMURAル・シネマ
監督 タソス・ブルメティス
ナンバー 20
出演 ジョージ・コラフェイス/タソス・バンディス/バサク・コクルカヤ
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


ほんのわずかなスパイスの加減が料理の味わいを劇的に変えるように、映画にも時にスパイスが必要だ。しかしこの作品はピリッと効かせた刺激的な辛さが足りず、むしろ蜂蜜のような奥深い甘さでとろけている。そこが長所でもあるが最大の弱点にもなっている。親族の集まりに供される料理を背景に描かれる国際紛争の犠牲になったある家族の肖像は、幸福感に満ち溢れている一方で深い断絶の悲しみを背負う。あまりにも多民族が混ざり合うイスタンブールでは民族、宗教、国籍で人間を区別するのは不可能なはずなのに、国際紛争は人々を排他主義に向かわせる。


イスタンブールでスパイス店を営むおじいちゃんに懐いていたファニスは店の屋根裏でおじいちゃんからスパイスを通じて人生を学ぶ。しかし、ギリシア−トルコ間に紛争が起き、ギリシア系のファニス一家はおじいちゃんを残したままアテネに移住する。成長したファニスは天文学者となりおじいちゃんからの連絡を待ち続ける。


一族の女たちが集まって料理を作るシーンが楽しい。母から娘、更に孫に伝授される秘伝の味。その一方で他民族のレシピを加えることで味覚が洗練されていく。料理好きの男の子・ファニスは女たちにひとり混じりいつしか一族で一番の味効きになる。結局、両親の反対で天文学者になるのだが、天文学は食べることに含まれるというおじいちゃんの言い伝えを守ったという理由が洒落ている。


ユーモアというオブラートに包まれた悲劇。本来なら家族が分断されるという出来事に対してもっと感情的になるはずだ。しかし、この作品の登場人物は運命と諦めているのか、何とかなると楽観的でいるのか、決して深刻にはならない。古来よりめまぐるしく変わる支配者の栄枯盛衰を見てきた土地の住民は、生き延びる術を心得ているのだろう。スパイスで描く宇宙、その中心にはいつも自分たちがいて中心は決して壊れないことを知っているからこそ彼らは前向きに生きることができるのだ。


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