こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

大停電の夜に

otello2005-11-30

大停電の夜に


ポイント ★★★*
DATE 05/11/23
THEATER ワーナーマイカル新百合ヶ丘
監督 源孝志
ナンバー 145
出演 豊川悦司/田口トモロヲ/原田知世/井川遥
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


ろうそくの灯し火をこれほどまでに温かく美しい映像にしたこの作品のこだわりが、ありふれた物語を照らし出す。決して明るくはないが、奥行きとやわらかさに満ち溢れ、冷え切った心に直接届けられるようなぬくもりだ。小さな炎のゆらめきに浮き上がる登場人物の表情は、それぞれに人生の歴史を豊かにたたえている。「クリスマス」「停電」「男と女」とひとつ間違えば陳腐な三題話になりかねない素材を、誰もがみな小さな物語の主人公という構成と巧みな人物配置で上質なファンタジーに仕上がっていた。


クリスマスイブの夕方、人工衛星からの落下物で関東地方が大停電に見舞われる。商店も交通機関もみな麻痺した状態で、ろうそくだけが街の唯一の光。不倫に疲れたOL、昔の女を待つバーテン、妻の秘密を聞いた老人、乳がん手術を控えたモデルなど、誰にも言えない悩みを持つ者同士が偶然知り合った他人に心を開いていく。


ハッピーな気分になるはずのイブなのに、満たされぬ思いだけが募っていく。ろうそくのゆらぎがそんなかたくなに閉ざした心をごく自然にほぐしていく。停電・都市機能麻痺という非常事態に、誰もが誰かに優しくしたくなるという人間の善意を感情的になりすぎず描いている。村上春樹の短編小説のように踏み込みすぎず離れすぎず、登場人物の人生に対して一定の距離感を保ちながら見守るというこの作品のスタンスが、ビタースィートなカフェオレのように心地よい味わいをかもし出す。


ろうそくだけで一夜を明かした人々が、夜明けとともにそれぞれの家に帰っていく。帰りを待つ人がいる者もひとりの者もみな表情は晴れやかだ。いろんなことがあったけど、心の重石がさっぱりと取れた。イブの予定が狂ってイライラしているはずなのに、なんだかテーマパークから出てきたばかりのようだ。特に不倫の末に左遷された男が最後に妻と手をつないで朝もやの歩道を歩いていく後姿は、頼れる人がいることの幸せを饒舌に物語っていた。


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