ポイント ★★★*
DATE 06/1/21
THEATER 109シネマズ木場
監督 小泉尭史
ナンバー 11
出演 寺尾聰/深津絵里/齋藤隆成/吉岡秀隆
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています
素数、友愛数、完全数、オイラーの公式・・・。数字の背後には無限の広がりを持つ宇宙があり、そこには神の意思のごとく奇跡的な美しさと深遠な真理が存在する。しかし、その数字の真理を語る博士の記憶は限定的。それでもどんな数字にも意味を見出し、「存在する価値のないものなどない」ということを伝えようとする博士の姿こそが人間の真理を物語る。記憶が蓄積しないという「閉じられた世界」に生きる博士にとって、他人に真理の扉を開けさせることが自らの世界を開放させる唯一の手段なのだ。
家政婦が新たに紹介された仕事先は、記憶が80分しか持たないという博士の家だった。博士は数字についての薀蓄を滔々と語り、毎日同じ話を繰り返す。ある日、家政婦に息子がいると知った博士は、息子を家に招待する。博士は息子をルートと名づけ、自分の息子のようにかわいがる。
現在の喜びも悲しみの楽しみも苦しみも、覚えているの80分だけ。自分の記憶が80分しか持たないことも、80分後には忘れてしまうのだ。そして博士の中で保存されている最新の記憶は兄嫁との深く哀しい愛。その思い出に身を切り刻まれながら10年もすごしてきた男の人生を、寺尾聰は飄々とした中にも枯れた味わいと繊細な哀しみを湛えて好演している。
成長したルートが黒板を使って数式の説明をするという構成にしたために、数学用語や数式が非常にわかりやすくなった。信州でのロケも、桜から濃い青葉へと季節の移り変わりが鮮やかな色彩で描かれ、そんな風景をバックに自転車のペダルを踏む家政婦の「博士と友愛数で結ばれた関係」というときめきが伝わってくる。ただ、もう少し完全数にはこだわるべきだったのではないか。28、そして縦じまのユニフォームにその番号を背負い、オールスターで9連続奪三振という完璧な偉業を成し遂げた江夏よりも、映画はむしろオイラーの公式に象徴される不完全な愛に焦点を当てる。完成された数字よりも失敗したとしても愛という、映画ならではの選択に少し戸惑った。