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映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

善き人のためのソナタ

otello2007-02-16

善き人のためのソナタ DAS LEBEN DER ANDEREN


ポイント ★★★*
DATE 07/2/13
THEATER シネマライズ
監督 フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
ナンバー 30
出演 ウルリッヒ・ミューエ/マルティナ・ゲデック/セバスチャン・コッホ/ウルリッヒ・トゥクール
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


人間の自由な思想や良心を規制してまで守るべき体制とは何か。秘密警察の男が対象を盗聴し、彼の私生活をすべて知ることで、自分の信じていた社会主義というものに疑問を抱き始める。それは決して革命的な規模の行動を生むわけではないが、静かに、しかし力強く芽生えた不信感は、やがて理性や感情という根本的な人間性を目覚めさせ、男に小さな一歩を踏み出させる。旧東側が崩壊したのは、こうした体制側の人々が自分たちの仕事に誇りをもてなくなったからなのだろう。


84年の東ドイツ、国家保安省のヴィースラーは反体制派の劇作家・ドライマンの監視を始める。盗聴を続けるうちに、ドライマンや劇作家仲間が信じるヒューマニズムを理解し始める。そして何よりドライマンが恋人のクリスタと信頼しあう姿に感銘を受け、徐々に彼らに気持ちを寄せていく。


たった一人屋根裏部屋でドライマンのプライバシーを盗み聞きするヴィースラーの孤独なこと。血も涙もないような尋問のエキスパートながら、子供に正体を見破られ、売春婦にも冷たくされる。体制を信じて仕事にまい進してきたのに、普通の市民からは毛嫌いされるむなしさ。人々から尊敬を集め、美人女優に愛されるドライマンと自分を比べたとき、彼の胸に去来したのは国家や共産党による欺瞞だったに違いない。その感情の変化をウルリッヒ・ミューレはわずかな表情の揺らぎで演じる。


ヴィースラーはクリスタを尋問し、西ドイツのメディアに原稿を書いた証拠となるタイプライターの隠し場所を聞き出す。しかし、ヴィースラーは先回りしてタイプライターを処分し、ドライマンは救われる。地位もキャリアもすべて投げ捨てて、良心に従った小さな反逆。ヴィースラーは体制側の歯車であることをやめ、自分の意思で行動する人間になる。かつてのエリートコースから郵便配達夫に降格されても、人間としての誇りは取り戻したヴィースーラーの顔には後悔は微塵もなく、善き人として生きた達観だけが浮かび上がっていた。