こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ロストロポーヴィチ 人生の祭典

otello2007-04-28

ロストロポーヴィチ 人生の祭典

ポイント ★★
DATE 07/3/7
THEATER 映画美学校
監督 アレクサンドル・ソクーロフ
ナンバー 45
出演 ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ/ガリーナ・ヴィシネフスカヤ//
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


NHKのハイビジョンカメラで撮られたようなしっとりとした色彩の映像は、不思議な奥行きをスクリーンに再現する。平面的な背景から被写体だけが立体感を帯びているという、3Dを見ているような感覚。ウィーンフィルとのリハーサルシーンではロストロポーヴィチの姿だけがスポットライトを浴びているかのよう。普通のフィルムは絶対に出せないような質感が、チェロという楽器を弾くことで世界中から愛され名声を得た主人公の存在を際立たせる。


チェロ奏者のロストロポーヴィチと妻のオペラ歌手、ガリーナ・ヴィシネフスカヤの金婚式に集まった世界中のセレブたち。エリツィン元ロシア大統領から欧州の国家元首・王族までそうそうたる顔ぶれ。ソクーロフ監督はこの夫婦の栄光と苦難に満ちた人生をひもといていく。


アーティストとして早熟の天才ぶりを示したロストロポーヴィチはやがてソ連の特権階級であることをやめ、魂と芸術の自由を求めて亡命する。彼ほどの芸術家ならどこの国でも受け入れてくれ、パスポートだけでも数カ国から発行されている。もはや彼にとって国境の意味はなく、音楽はすべての人々の心に届く共通言語という認識。反体制ゆえ祖国を追われ、その祖国の体制が後に崩壊すし、帰りたいけど帰れないから、帰れるのに帰らないという立場に変化しても、ロシアへの愛は変わらない。国境はなくしても民族のアイデンティティは失ってはいけないという彼の言葉は、数奇な運命をたどったものだけが口にできる貴重な体験だ。


一方、ソクーロフ監督のモノローグは観念的で、映画によって芸術家の人生を再現するとか、ウィーンフィルとの共演に向けての彼の音楽的なアプローチといったものを描くつもりはまったくない。観客はすでにロストロポーヴィチの人生も知っていて、ウィーンフィルのコンサートも聞いたものという過程の上で映画は進行している。かといって、彼の人生から普遍的な芸術の真髄を引き出そうとしているわけでもない。この素材をよく知らないものは早々に置いてきぼりを食うだろう。


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