こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

殯の森

otello2007-07-06

殯の森


ポイント ★★★
DATE 07/7/4
THEATER シネマアンジェリカ
監督 河瀬直美
ナンバー 131
出演 うだしげき/尾野真千子/渡辺真起子/ますだかなこ
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


人の手が入っていない森の奥には死者の世界への入り口が扉を開いて待っているのだろう。愛する者に先立たれ、いつまでもその思いが胸から離れない。そんな人だけがたどり着ける不思議な空間。道はなく、ただ純粋な気持ちに導かれその場所にたどり着く。30年以上前に妻を亡くした男と、息子を事故死させた女。湧き上がる2人の感情を丁寧に掬い取るカメラは、退屈な中にも豊穣をたたえたような奥の深さだ。死者はいつも生きている者のそばにいる、研ぎ澄まされた映像に、ふと、そんな感覚が胸をよぎる。また、あえて出演者に演技をさせなかったことで、かえってリアルな感情表現に成功している。


山里の老人ホームで働き始めた真千子は、死んだ妻・真子をずっと忘れられないシゲキという老人と出会う。ある日、真千子はシゲキと妻の墓参りに行くが、途中で車が脱輪、シゲキは森に入り、真千子も後を追う。


年老い、認知障害をもつシゲキにとってもはや未来は意味を持たない。あるのは過去の記憶だけ。そして真子を愛し、今も愛しているという事実だけが彼を支えている。美しい真子の姿シゲキの頭の中で作り出した幻影、その幻影を抱き続けることがシゲキにとっての生なのだ。この世に未練は何もなく、ただ愛するものが待っていると信じている世界への渇望がシゲキの足を緑の奥に進ませる。


やがて真千子とシゲキは小さな空き地にたどり着き、シゲキは真子への思いの詰まったノートを地面に捧げる。一方で真千子はオルゴールに黙想する。神聖な場所と、体は生きているが意識はすでに死者の世界に行ってしまったシゲキを通じて、真千子はやっと息子に自分の思いを伝えることができたのだ。弱弱しい音色に真千子の頬に涙が伝うシーンに、息子を亡くした心の傷が美しい思い出に昇華されていく様子が見事に凝縮されていた。


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