こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

腑抜けども、悲しみの愛を見せろ

otello2007-07-07

腑抜けども、悲しみの愛を見せろ


ポイント ★★★*
DATE 07/5/2
THEATER 映画美学校
監督 吉田大八
ナンバー 86
出演 佐藤江梨子/佐津川愛美/永作博美/永瀬正敏
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


強烈な思い込みというより、恐るべき勘違いをしている女が巻き起こす、ホラーにもコメディにもなりうる題材を客観的な視点でとらえる。そうすることで、映画の性格付けが曖昧になる反面、登場人物の気持ちを見るものに想像させるという作業を与える。家族なのに相手を徹底的にいたぶり、しゃぶりつくそうとする。そこにあるのは愛よりも憎しみ、人生がうまくいかないのは自分以外の他者すべてに足を引っ張られていると解釈するヒロインを佐藤江梨子が好演。あどけない笑顔に下に隠されたどす黒い悪意が噴出するシーンには鳥肌が立つ。


女優になると東京に出た澄伽が両親の死で実家に帰ってくる。わがままに振舞う澄伽に、妹・清深と血のつながらない兄夫婦は振り回されるが、やがて家族の隠された秘密が明らかになっていく。


女優として成功するという澄伽の確信にはまったく根拠がない。それでいて、まったくぶれることのない気持ちがこっけいでもあり恐ろしくもある。映画は彼女のお馬鹿ぶりを追うわけでもなく、執念を描くわけでもない。ただ、家族の弱みに付け込んでじりじりと追い込んで、利用するだけ利用する。それが家族という限定された輪の中で行われるため、逃げ場のない苦しみが真綿で首を絞めるようにゆっくりとエスカレートしていく過程が非常にリアル。こうやって家族は崩壊していくのだろう。


かつて澄伽のことを漫画にして賞を取った清深は、澄伽の人生に責任を感じている。澄伽と寝た兄も同じ。それを2人の足の動きだけで暗示するシーンは見事だ。この家では澄伽は絶対の権力者であり続け、いつか彼女が報いを受けることを期待させるのだが、映画は見事にそれを裏切る。特に唯一の血縁者である清深にとって地獄は永遠に続く。だが、その地獄すら創作のエネルギーに変えてしまう清深もまた非常にしたたかだ。どんな仕打ちを受けても笑顔を絶やさない兄嫁を含め、この映画の女たちはみな打たれ強く、生に貪欲。ただ自殺に追い込まれた兄だけが哀れだった。


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