こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

いのちの食べかた

otello2007-11-13

いのちの食べかた UNSER TAGLICH BROT


ポイント ★★★
DATE 07/8/30
THEATER 映画美学校
監督 ニコラウス・ゲイハルタ
ナンバー 172
出演
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


徹底した管理・効率化で、まるで工業製品のように規格どおりの作物を生産する農業の現場。空調のうなりと器具の騒音以外は何も聞こえない。そこには大地や太陽の恵みに感謝する収穫の喜びといった人間の感情が介在する余地は一切なく、ただ良質の製品を大量に生産することだけが目的。その背景には、安全でおいしいものを追い求める消費者の欲求と市場経済原理が冷徹に働き、食料を供給する側に天候に左右されない収穫を追求させた結果なのだ。


トマト、リンゴ、ヒマワリ、キャベツといった植物は画一的な生育で同品質のものが生み出される。それは牛、豚、ニワトリといった家畜でも同様で、交配から誕生、肥育、さらにはと畜、肉の解体までが完全にマニュアル化・分業化され、人間が関わる過程がなるべく少なくなるように設計されている。


ナレーションによる説明や音楽による効果は一切ない。生産過程で発せられる機械の音と、時折混じる動物が発する音だけを忠実に拾うのみ。従業員たちの会話をほとんど聞こえなくすることで、生産現場が工場であることを強調する。特に畜産という家畜の命を奪う食肉加工場では、従業員たちは感情を殺し淡々と作業をこなす。追い詰められた牛が最後にあがいても、去勢される子豚が悲鳴を上げても従業員の表情に変化はない。われわれ人間も他の生き物の命を奪って生きているということを、改めて実感させられる。去勢の作業員は女性だったが、やはりこれだけは男性に嫌悪されるのだろうか。


家畜たちは絶命してからもシステマティックに解体され、流れ作業のなかで加工される。ラストシーン、作業員たちは家畜の血がこびりついた作業着や作業場を念入りに洗浄する。清潔な環境で食肉処理をする、命を捧げた家畜たちへの唯一の贖いのように。この映画は、食糧生産のためには自然の摂理を無視してまで増産を図ることを、決して批判的に見ているわけではない。それでも、そうしてまで食物を口にする人間に、命に対する厳粛な気持ちを思い出させてくれる。


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