こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

潜水服は蝶の夢を見る

otello2008-02-12

潜水服は蝶の夢を見る LE SCAPHANDRE ET LE PAPILLON


ポイント ★★★*
DATE 08/2/9
THEATER チネチッタ
監督 ジュリアン・シュナーベル
ナンバー 34
出演 マチュー・アマルリック/エマニュエル・セニエ/マリー=ジョゼ・クローズ/マックス・フォン・シドー
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


眠りから醒めると、見覚えのない部屋で見知らぬ人々に囲まれている。話し声は聞こえるのに自分の言葉は声にならない。やがてそこが病院のベッドで、視覚と聴覚以外はすべて奪われていることに気付く。カメラはそんな状況に陥った主人公の目と耳になり、彼の感覚と脳裏をスクリーンに再現する。絶望から再生、そして希望、肉体の機能をほとんどなくした男が現実に向き合い、自らの生きた証を残そうとする。その気の遠くなるような作業を通じて、人間とは思考ゆえ存在するというデカルトの命題を解説しているようだ。


脳梗塞で倒れたジャン=ドミニクは自伝を書き始める。愛の記憶と無限の想像力、残された大脳をフル活用し、左目をまばたきさせるという方法で編集者に意思を伝え、思いを文字にしていく。


昨日までとはまったく世界が違っている。何をするにも他人の助けが必要な身になってしまっては、プライドの高い人間には耐えられない。そんなジャン=ドミニクの戸惑いと苦悩が非常にリアルだ。そこからポジティブになるまでの転換、体は不自由でも心は自由と考え直して前向きになる。美人の言語トレーナーや編集者の足元や胸元に見とれ口説こうとするあたり、生きるということは良くも悪くも他人と関わることと割り切り、あえて美談にすることなく生身の感情をさらけ出しているところに好感が持てる。


多忙を極めた仕事、父親との何気ない会話、恋人との旅行、家族と過ごした時間。過去に生きるしかないジャン=ドミニクにとっては、苦い経験も不愉快な出来事も、すべての思い出は甘く切ない。しかし、一度死の淵に立ち、本当の死が訪れる前にもう一度自分の人生を見直すチャンスが与えられた彼は、冷静に死と向き合うことで充実した生を実感できたはずだ。そして本が上梓されるのを待つかのように彼は息を引き取る。安易な死ではなく、本人も周囲の人間も納得しての死。命の幕引きとしては、これほどのハッピーエンドはない。


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