こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

接吻

otello2008-04-16

接吻

ポイント ★★★*
DATE 08/4/12
THEATER 109KW
監督 万田邦敏
ナンバー 90
出演 小池栄子/豊川悦司/仲村トオル/篠田三郎
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


社会の底辺に住むことに慣れ、そんな境遇に感情の起伏を失いつつある男。いつも自分を見下してきた世の中への怒りを胸の奥に溜めて生きてきた女。女は男が見せた一瞬の笑顔に同類のにおいを嗅ぎ取り、たちまち魂を奪われてかなわぬはずの恋が始まる。運が悪い人生を送らざるをえなかった男と女、ふたりの心の深淵から初めて湧き上がる人のことを思いやる心理。その気持ちがふたりの間に溝を作っていくという矛盾。映画は、難解な純文学の筆致のように生と死について語り、人生に疑問を投げかける。


通りすがりに一家3人を惨殺した坂口は自らTV局に電話を掛けて逮捕現場を放送させる。そのシーンを見ていた京子は坂口に興味を持ち、彼のことを調べ裁判の傍聴に通ううちに、自分こそ坂口を理解できる唯一の人間と確信する。


育った環境は愛に恵まれているとは思えず、坂口自身何の喜びも希望も持ち合わせていない。むしろ3人を殺しても何も感じない自分が生きていることに対する違和感をいだき、死刑を望んでいる。犯行で世間に対する復讐を果たし、取調べにも弁護士にも一切口を開かない坂口は空っぽになっていたに違いない。判決が下らなくても精神は死んでいる。そんな坂口を、京子は自分の代弁者だと思い込み、差し入れを送り面会を続ける。


坂口は本当に京子が考えるような男だったのだろうか。確かにふたりは同じ思いを共有していた。しかし、京子が坂口を愛することで坂口にも人間らしい感情が生まれてくる。3人の幽霊を見るというのは彼に後悔が芽生えきたということだろう。だが、京子が求めるのは無反省のまま死んでいくはずの坂口。自分の愛が坂口を理想の男から引き摺り下ろしてしまうというジレンマが、京子を凶行に走らせる。坂口を坂口のままで殺し、坂口と同じ罪を背負うことで、坂口の分まで死のうという京子のすさまじいまでの激情。グラビアアイドルだった小池栄子が圧倒的な存在感で「まっすぐに歪んだ心」を持つ複雑で繊細なヒロインを演じきっていた。


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