こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

歩いても 歩いても

otello2008-07-03

歩いても 歩いても


ポイント ★★*
DATE 08/6/28
THEATER WMKH
監督 是枝裕和
ナンバー 155
出演 阿部寛/夏川結衣/樹木希林/原田芳雄
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


台所での母娘の会話、3世帯がそろった食卓で交わされる話題の数々、さらに夫婦・親子といった関係の中で、登場人物がのセリフのすべてが生活に根ざしたリアリティにあふれている。食材の選定に始まって、思い出のアルバムやレコード、老親介護や嫁が感じる居心地の悪さ。一見開け放たれたこの家の居間のようにオープンだが、彼らの心には、家族だから言えることと家族だからこそ言えないことが幾重にも混ざり合って鬱積している。穏やかな夏の日、老父母に会いに行くのが義務化して気が進まない主人公に共感するうちに、日常を覗き見しているようかのような錯覚を覚えるほどキャラクターの気持ちに観客を接近させる脚本は見事だ。


亡き兄の法事のために実家に帰った良多は子持ちのゆかりと再婚したばかり。そこには姉一家が先に来て食事の支度をしている。年老いた元医師の父は診察室にこもりっきりで終始不機嫌。世間話をしているうちにみながそろう。


マイクがとらえるすべての言葉が極限まで推敲され、説明は一切ない代わりにディテールには神経質なまでにこだわる。料理の手順だったり、昔話だったり、愚痴だったり。集った人間の人生が手に取るように明らかになってくる。特に、母親を演じた樹木希林が秀逸。長男が命を犠牲にして助けた青年に来年も来いと言い、良多の妻に子供は作るなと嫌味を言う。自然な流れの中で突然相手の心を突き刺すようなことを、とぼけた味わいの裏で計算されたタイミングで口にするいやらしさ。笑顔の裏に潜んでいる怨念をほんのわずか垣間見せる瞬間が絶妙だ。


翌朝、良多一家は両親の屋敷を後にする。その間、劇的な事件は何も起こらず、他愛のない些事が繰り返されるだけだ。作り込みがわからないほど作り込まれた演出には演劇的な要素は一切ないのだが、それが逆に、起承転結の「転」を欠いた物語は平板で退屈でしかないということも如実に示している。「映像の純文学」を目指すのもいいが、何かひとつでいい、見る者をときめかせるような新鮮さが欲しかった。


↓その他の上映中作品はこちらから↓