こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

路上のソリスト

otello2009-04-09

路上のソリスト The Soloist

ポイント ★★★
DATE 09/3/25
THEATER THTW
監督 ジョー・ライト
ナンバー 70
出演 ロバート・ダウニーJr./ジェイミー・フォックス/キャサリン・キーナー/スティーヴン・ルート
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


ひとたび弓を弦の上を走らせれば、奏でる旋律はトンネル内にこだまするあらゆる騒音をかき消しながら広がっていく。それはまるで大空を気ままに羽ばたく鳥、孤独ではあるが自由を満喫し、澄み切った空気を切り裂き、眼下で行きかう人の営みを神の目で俯瞰するかのようにイマジネーションはどこまでも膨らんでいく。日常生活を送るには繊細すぎる心を持ったチェロ奏者が、メロディに身を浸している間にだけおとずれる平安。そんな音楽の持つ力を描くシーンが素晴らしい。


コラムニストのスティーヴはホームレスのバイオリニスト・ナサニエルと出会い、彼の記事をまとめる。少年時代は天才的チェロ奏者だったナサニエルのエピソードは反響を呼び、読者から彼にチェロが送られてくる。


ナサニエルはジュリアード音楽院入学後から幻聴に苦しめられ、緊張すると別人格が発する声に押しつぶされてパニックになる。統合失調症の診断、しかし治療を拒否した結果、音楽家としての将来を奪われてLAに流れてきた過去を持つ。ナサニエルのためにスティーヴは走り回るが、ホームレス支援センターの個室も、有名チェリストのレッスンもナサニエルには迷惑なだけ。スティーヴには、惨めな境遇のナサニエルを「助けている」という自己満足と、彼を社会復帰させることで手柄を立てようという魂胆が透けて見え、それを敏感に察したナサニエルがスティーヴの押し付けを嫌うのも当然なのだ。映画はスティーヴを通して価値観を押し付ける傲慢さを物語る。


その後スティーヴは、ナサニエルの気持ちを汲み取り、そっと見守ってやることが友情であるとやっと気付き、ナサニエルと彼の姉を第九のコンサートに誘う。第三楽章、歓喜の前の染み入るような静けさがナサニエルの感情を象徴しているようだった。ナサニエルにとって、スティーヴの言いなりになることは、路上で気の向くままの演奏活動を止められるのと同じなのだ。人間同士の距離感のとり方、そして新聞記者と取材対象との関係、いかに親しくなったつもりでも、超えてはいけない一線があることをこの作品は教えてくれる。


↓その他上映中の作品はこちらから↓