こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

人生に乾杯!

otello2009-06-25

人生に乾杯! Konyec

ポイント ★★★
DATE 09/6/23
THEATER CSG
監督 ガーボル・ロホニ
ナンバー 148
出演 エミル・ケレシュ/テリ・フェルディ/ユディト・シェル/ゾルターン・シュミエド
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


社会主義だった頃は、多少の不自由を我慢しても国に楯突かなければ死ぬまで衣食住は保証されていたはず。資本主義に転換しEUに加盟した現在では、自由競争の名の下で、引退した人々の年金額は物価上昇に追いつかず、生活は苦しくなる一方。映画は、ハンガリーという国家を信じていた旧世代が経済原則に切り捨てられる姿にスポットをあて、名もなき庶民の不満を代弁するかのように世間に復讐する老人を追う。個人の密やかな愛の思い出まで奪ってしまう社会の冷たさに彼の怒りは爆発するのだ。


かつて要人の運転手をしていたエミルは、老妻・ヘディとつつましい年金暮らし。ある日、ヘディが大切にしていたダイヤのイヤリングを借金のカタに取られたことからエミルは良心の箍がはずれ、50年前に生産された愛車・チャイカを駆って郵便局に拳銃強盗に入る。


旧ソ連製のチャイカはエミルの行き届いた手入れもあってかいまだに現役。その恐るべきパワーは傾斜のきつい砂利の山を登り、メルセデスを始めとする警察車両を振り切るほど。この社会主義のシンボルのような車の暴走は、国家に身をささげたエミルそのものだ。それは明らかに倦怠期すら過ぎてお互いの存在が退屈な日常以外の何物でもなかったエミルとヘディに昔の関係を取り戻させる効果も持つ。ヘディは強盗に入るエミルにカッコいいと、新しい服を試着したヘディにエミルは美しいと褒める。固く手を握り合ったふたりは若き日のときめきを取り戻しているようでほほえましかった。


やがて全国に指名手配をされた彼らは女刑事を人質にとってさらなる逃避行を続ける。報道を見た多くの市民だけでなく、直接被害に会った人々も彼らに同情的なのが、旧東側の現実を物語る。エピソードに社会的な広がりを持たせる一方で、ふたりの出会いを象徴するダイヤのイヤリングという小物で彼らの人生の機微を描ききる脚本と演出はしみじみと胸に染み入る。自分が大切にしているものを犠牲にしてまで愛する者の夢を守りたい、そんな希望に満ちたラストが爽快だった。


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