こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

Dear Doctor ディア・ドクター

otello2009-06-30

Dear Doctor ディア・ドクター


ポイント ★★★
DATE 09/6/27
THEATER THYK
監督 西川美和
ナンバー 152
出演 笑福亭鶴瓶/瑛太/余貴美子/松重豊
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


柔和な笑みを満面にたたえているのに、目だけは節穴のように感情が欠落している。その暗黒の深淵は、神の如く崇められている全能感と、いつまでもこんな状態が続くはずがないという確信、そして人々をだまし続けているという良心の呵責が混在している。そんな複雑な胸中を目だけで演じる笑福亭鶴瓶の存在感が圧倒的だ。過疎地、老人と病人、熱心な医師。なにもかも上手くいっていたはずの村に、真実の刃がつきつけられたとき、雪崩をうったように平和が乱されていく。本物以上に本物らしいペテン師は、信じたいことだけを信じている人々にとっては必要なのだ。


山間の村にやってきた若い医師・相馬は村の診療所のたった一人の医師・伊野のもとで実地研修を受ける。相馬は、昼夜を問わない往診だけでなく危篤の老人や救急患者への措置で村中から「名医」と慕われている伊野に惹かれていく。ある日、伊野は突然バイクに乗って失踪する。


娘が東京の病院に勤めている鳥飼という老婆を診察したことから伊野の態度が変わる。鳥飼は自分の病気が遠からず死をもたらすとを感づいていて、あえて誰にも知らせてほしくないと伊野に打ち明ける。東京の病院よりも故郷の村で死にたいという鳥飼の願いを伊野は黙って引き受ける。しかし、伊野は身をもって、母の異変に気付きながら伊野の診断を信用して東京へ帰ろうとする娘へ警告する。本当の医療とはなにか。映画は、患者の要望に沿って治療を進めるのが医者の一番大切な仕事であると訴える。


結局、鳥飼は娘が勤務する病院に入院する。娘は自分が母親の元に残るのではなく、母親を自分のもとに呼び寄せる。環境も違い知人もいない場所に一人置かれる患者の気持ちはお構いなし。母の病気の治療はしても彼女の心を傷つけているのだ。病人の不安や愚痴に常に耳を傾けていた伊野とは違い、病院では患者は商品のように扱われている現実。医師であった父親の後を継げなかった伊野にとって、ニセ医者は、己の理想に近づく道なのだ。最後まで鳥飼に対して責任を取ろうとする伊野の姿こそ仁術の鑑、マスクに口と鼻を隠した伊野の瞳に初めて優しげな光が宿るラストシーンに救われた気がした。


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