こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ゼロの焦点

otello2009-11-16

ゼロの焦点

ポイント ★★*
監督 犬童一心
ナンバー 270
出演 広末涼子/中谷美紀/木村多江/西島秀俊/鹿賀丈史
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


機関車と岩肌の黒、降り積もった雪の白、冬の能登半島の水墨画のような風景の中では、ヒロインの地味なコートですら不吉な予感をもたらし、謎の女の真っ赤なコートは破滅を象徴する。もはや戦後は終わったといわれ、世の中はからは戦争の爪あとは消えても、心に傷を抱えて生きている女たち。やがてその傷は秘密になり、殺意の引き金に指をかける。映画は一人の男の失踪をきっかけに起きる連続殺人事件を軸に、人間の業の深さと愚かさを描こうとする。


新婚早々金沢に出張して、そのまま連絡を絶った憲一の行方を探して、妻の貞子は単身能登に向かう。憲一が懇意にしていた取引先で、受付の女・久子に違和感を覚え、さらに社長夫人・佐知子には軽くあしらわれる。そんな中、憲一の兄や会社の世話役が立て続けに殺される。


物語は、貞子が憲一の職歴と二重生活、久子が話すパンパン英語などのヒントから佐和子との関係をあぶり出し、殺人事件現場で目撃された赤いコートの女の正体に迫っていく。その過程は一つ謎を解くとまた一つ新たな謎が現れるというミステリーの王道をいく。しかし、貞子が憲一の旧知を訪ね一枚の写真から女たちの前歴を知った時点で、真犯人が全て罪を告白してしまうのだ。貞子にとって(つまり観客にとって)は、真相にたどり着くまでまだまだパズルのピースを埋める必要があったはずなのに、この大胆な省略は上映時間の都合とはいえ結末を焦りすぎた感が強い。


もちろん松本清張の原作自体が現代ミステリーの感覚からすればかなり古臭く、そこで使われる赤いコートのトリックも幼稚だし憲一が残した2軒の家の写真も不自然。ゆえに、映画では犯人探し自体より、米軍占領下の日本で貧しい女が生き抜くために何をしていたかに重きを置く。封印した記憶というパンドラの箱が愛によってこじ開けられ、災厄をもたらした後、雪の断崖でのクライマックスでは、思い出を大切にしながら生きている女と、過去から逃げ切れなかった女の情念が悲劇に変わる瞬間に鬼気迫るものがあった。新しい時代に生まれ変わろうとして果たせなかった男と女、真実とは常に残酷なものなのだ。