こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

すべて彼女のために

otello2010-02-09

すべて彼女のために POUR ELLE

ポイント ★★★
監督 フレッド・カヴァイエ
出演 ヴァンサン・ランドン/ダイアン・クルーガー/ランスロ・ロッシュ
ナンバー 31
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


濡れ衣を着せられた妻を救うために、周到に準備し実行に移す男。彼のベクトルは冤罪を晴らすための証拠集めや真犯人捜しといった過去に向かうのではなく、刑務所から妻を奪還して再び自由を手に入れようとする未来に向かっている。それは真面目な教育者としての人生を捨て、犯罪者になる決意をすること。国家という強大な権力に個人で立ち向かう主人公の姿は最初は滑稽ですらあるが、やがて経験が勇気と判断力を養い動きに無駄がなくなっていく。その妻を思う一念が彼に力を与え孤独な戦いを支える様子は、緊迫感がみなぎり一時も予断を許さない。


殺人容疑で逮捕、有罪判決を受けた妻・リザの無実を信じるジュリアンは、彼女を脱獄させる計画を練る。脱獄に関する本を書いた元脱獄囚の著者に取材し、資金を集め、看守の出勤パターンを調べ、偽造パスポートを手配する。


本来ならば、検察の主張に疑問を挟む戦術をとるべきだが、この作品はその部分をあっさりカットする。教師であるジュリアンがいきなり法を犯すはずはなく、法廷闘争が困難と理解したからこそ強硬手段に出たのだろう。しかし、その前段に全く触れない潔さが映画にスピード感を与えている。しかも、偽造パスポートを手に入れようとして逆にチンピラに大金を巻き上げられたことが、彼に暴力に対する躊躇も取り除く。いざというときには力ずくでも邪魔者を排除する意思はこの時生まれたのだ。ジュリアンが行動力だけでなく凶暴さも身につけていく過程が痛々しいまでのリアリティに満ちている。


「脱獄は簡単だがその後が大変だ」という元脱獄囚の言葉通り、ジュリアンはきちんと逃走の手段と経路と資金を確保したうえで、入院するリザの身柄を奪う。病院に駆け付けた刑事たちの追跡をまき、相乗りで検問をかわす。ジュリアンはリザにすら実行の時まで一切知らせず、すべてひとりで立案し行動し幼い息子の面倒もみながらも見事に初志貫徹する。愛の勝利ともいえる結末は達成感に満ちている一方、決して楽天的ではない映像の雰囲気は、彼らのそれからの運命を暗示しているようだった。