こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

プレシャス

otello2010-02-12

プレシャス PRECIOUS


ポイント ★★★★
監督 リー・ダニエルズ
出演 ガボレイ・シディビー/モニーク/ポーラ・パットン/マライア・キャリー/シェリー・シェパード/レニー・クラヴィッツ
ナンバー 32
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


恐ろしく肥満した巨体に拗ねた視線、孤独と絶望の中で、唯一空想の中に楽しみを見出している少女。16歳になってもアルファベットを知らず訛りのきつい言葉を話すだけ。劣悪な家庭環境による教育の欠如と福祉政策がもたらす勤労意欲の減退が、さらなる貧困を生む。そこに決定的に欠けているのは愛。愛された記憶のないものに他人を愛することはできず、負の連鎖は親から子へと受け継がれていく。物語は彼女が米国社会の最底辺から少しでもましな場所に這い上がろうとする過程を通じて、無知がいかに大きな罪であるかを訴える。


妊娠を理由に退学になったプレシャスは民生委員の勧めでフリースクールに通いだす。教室には様々な理由で学校に通えなかった若者が集い、レイン先生の指導の下、簡単な作文を書かされる。やがてプレシャスは胸の思いを文章で表現する喜びを覚え始める。


生活保護を当てにした母のもとでプレシャスは使用人のようにこき使われる。そこにあるのは娘に対する愛情よりも憎しみ。実の父の子を産み、義父の子を妊娠中のプレシャスは、母にとって「自分の男を寝取った女」。それがたとえレイプであっても、母はプレシャスの気持ちに微塵も同情を見せない。さらにフリースクールで勉強するプレシャスの足を引っ張ろうとするうえ、出産したプレシャスの見舞いに一度も現れないばかりか生まれたばかりの赤ちゃんを床に投げ捨てる。自分の娘に自分より幸せになってほしくない、貧しさとはここまで人間の品性を捻じ曲げるものなのかと恐ろしくなった。


母もかつては娘を宝物と思っていた時期があり、だからこそプレシャスと名付けたのだが、男運の悪さから周囲のものすべてに憎悪を向ける。そんな世界から抜け出す決意をしたプレシャスは、ふたりの子供を抱えて胸を張って歩きだす。映画は彼女に明るい未来を示唆するような甘い結末を用意するわけではない。それでも運命は切り開いていくものだという人生の真実をプレシャスは学び、己の力で歩きだす決心は前向きな希望を与えてくれる。