こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

あの夏の子供たち

otello2010-02-18

あの夏の子供たち LE PERE DE MES ENFANTS

ポイント ★★★
監督 ミア・ハンセン=ラブ
出演 キアラ・ガゼッリ/ルイ=ドー・ド・ランクザン/アリス・ド・ランクザン
ナンバー 37
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


ひっきりなしに鳴るケータイに応える男がパリの雑踏を颯爽とかき分ける姿が多忙ぶりを象徴し、娘たちをかわいがり妻のご機嫌をとる週末は深い愛を示す。ビジネスマンとしての一面と父親としての顔、どちらもエネルギッシュで魅力的な男は、経営者であり家長であるがゆえに胸中をだれにも打ち明けられない。映画は大げさな演技で苦悩を表現するわけでもなく、センチメンタルな音楽で感情を押し付けるわけでもない。主人公の日常と死、そして残された妻子や同僚を淡々とスケッチし、登場人物の心理を想像させる余白を残す。


映画プロデューサーのグレゴワールは撮影中の新作の予算オーバーに頭を痛める一方、プライベートでは家庭を大切にしている。しかし資金繰り行き詰まったグレゴワールは拳銃自殺、妻のシルヴィアはなんとか会社を立て直そうとする。


返済の督促やロケの難航などの現実を社員は把握している。何とかなると言い聞かせて不安と不満を取り除こうとするグレゴワール。家では仕事の愚痴はこぼさない。山積する問題をひとりで解決しなければならないというトップに立つ者の孤独。重圧から解放されるには命を絶つしかない。思い詰めているのにそぶりを見せず突然行動に移すシーンでは躊躇や逡巡といった「タメ」を一切作らない。それが逆に、彼がいかに精神的に追い詰められていたかを物語る演出は衝撃的だった。


長女がグレゴワールに隠し子がいた事実を知り父親の素顔に少なからずショックを受けるが、その子に対してきちんと責任を果たしていたことで納得する。それは、もういない人を怨むよりも自分たちはまだ生きていかなければならないから。ここでも家族が抱えている喪失感を描くより事後処理に忙殺される様子を追い、かえってグレゴワールの不在を際立たせる。それも会社の清算とともに過去となり、シルヴィアは娘たちを連れてパリを後にする。時は移ろいやがて思い出となる。その流れにあえて思い入れを交えず、終始対象と距離をとるカメラの視線が人生のはかなさを強調しているようだった。