こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

息もできない

otello2010-02-26

息もできない


ポイント ★★★★
監督 ヤン・イクチュン
出演 ヤン・イクチュン/キム・コッビ/イ・ファン
ナンバー 47
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


男は女を殴り、夫は妻を殴り、チンピラは学生を殴り、息子は父を殴り、取り立て屋は債務者を殴る。殺伐とした暴力の連鎖は、素直に感情を表現できない主人公の荒廃。肉親に愛された記憶がない男が、成長してもなざらついた心を持て余し、バイオレンスの衝動を抑えきれないでいる。粗暴な言葉しか口にせずいつキレるかわからない、触れるだけで指を切ってしまいそうな危険な男がスクリーンから発する荒んだ緊張感は、まさに息ができないほど。映像から発散する従来の常識をぶち破ろうとする異常なまでのパワーに圧倒される。映画はこのチンピラと女子高生の間に生まれた奇妙な共感を通じて、孤独な人間が他者と関わりの中でやさしさを取り戻していく過程を描く。


借金取りのサンフンは厳しい回収で成績を上げている。ある日、ヨニという女子高生と知り合うが、気が強くサンフンを恐れない彼女と意気投合、やがてふたりの育った環境の相似が明らかになっていく。


いきなりヨニにつばを吐きかけたサンフンが文句をいうヨニを殴り倒すという、恐ろしく意表をついたふたりの出会い。ヨニに治療費をせびられうろたえるサンフンの姿は、彼もまた何かに脅えながら生きていることをうかがわせる。その後も悪態をつきつつもヨニと会ううちに、凶暴さも鳴りを潜めていく。さらに殺したいほど憎んでいた父親に輸血したサンフンは、わが身にも父の血が流れている事実に気づき、決して家庭を持てない運命を自覚する。ヨニと結ばれても激情の挙句彼女を殴ってしまう自分たちの未来を予感したサンフンが、ヨニの膝に頭を載せて初めて流す涙は、胸を締め付けるような切なさと行き場のないやるせなさを見事に昇華させていた。


一方でサンフンはヨンジャという若者をヨニの弟と知らずに仕事を教え込む。拗ねた目のヨンジャはサンフンの鏡像のよう、取り立て先では箍が外れたように無抵抗な者を殴る快感に目覚めていく。結局、ヨニはサンフンに他人を思いやる気持を芽生えさせたにもかかわらず、弟の心に刺さったトゲは抜いてやれない。ヨンジャにサンフンの面影を見出し、あきらめにも似た視線を送るヨニの表情が悲しかった。