こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

旅立ち 

otello2010-03-05

旅立ち PARTIR


ポイント ★★★
監督 カトリーヌ・コルシニ
出演 クリスティン・スコット・トーマス/セルジ・ロペ/イヴァン・アタル
ナンバー 53
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


専業主婦として長年夫に従い家族に尽くしてきた女が運命の男と出会う。それは理性も分別も忘れさせ、彼女を完全な視野狭窄に陥れる。感情の昂りを止めるすべは本人にもわからず、ただただ破滅に向かって暴走するばかり。映画は不倫の愛に走るヒロインの姿を通じて、道ならぬ恋は周囲の人間を傷つけるだけでなく、周到な計画なくしてはたちまち行き詰まることを教えてくれる。「妻の反撃」という数多描かれてきた題材に対し、心のままに生きるにも先立つものはカネという現実を突きつけるのだ。


理学療法士として働き始める準備をしていたスザンヌは、家の改装の訪れたイバンにケガを負わせてしまう。イバンの帰省を手伝ったスザンヌは陰のある彼に惹かれ、家に戻ってからもイバンのアパートに通うようになる。


表面的にはやさしいが強権的な夫・サミュエルの元で長年自分を殺してきたのだろう。子供たちの世話を焼いても感謝されず、憤懣は爆発寸前だったに違いない。せっかく作った夕飯を息子に批判されて床に落とすシーンは、スザンヌが家族よりもイバンを選んだ瞬間。スザンヌの我慢の糸が切れる象徴的な場面だ。これだけでスザンヌが結婚後に置かれてきた立場を簡潔に説明する見事な省略だった。


スザンヌは家を出るが、サミュエルに口座もカードも凍結されガソリン代もままならず、イバンとともに慣れない肉体労働も経験するが、大したカネにならない。やがてイバンはこの駆け落ちに腰が引けてくるが、スザンヌはもはや意地になっている。後に彼女は家に戻るが、その夜のサミュエルとのセックスはまるで冷凍マグロのような無反応で、イバンとのお互いの肉体を貪るような激しい情熱とは雲泥の差だ。恐ろしいまでの積年の恨み、夫にないがしろにされてきた妻というのは、ここまで復讐の鬼になれるものなのか。本来ならばコミカルなタッチが似合うテーマだが、彼女を見つめるカメラの眼はあくまでシリアスで、カタルシスを味わえないほどのリアリティに満ち溢れていた。