こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

瞳の奥の秘密

otello2010-06-29

瞳の奥の秘密 El Secreto De Sus OJos


ポイント ★★★★
監督 フアン・ホセ・カンパネラ
出演 リカルド・ダリン/ソレダー・ビリャメル/パブロ・ラゴ/ハビエル・コディノ
ナンバー 149
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


上空からスタジアムを俯瞰するカメラがそのままフィールドでプレーする選手の頭上をかすめたかと思うと、満員の観客席にいる2人の男をとらえる。さらに彼らが追う容疑者と共にバックヤードを走った後高い通路から飛び降り、容疑者が拘束されるまでをワンショットに収める。この恐ろしく手間のかかったシーンは、迷宮で道標を見失ったような物語を一気に現実に引き戻す強烈なインパクト。登場人物の焦燥感や荒い息遣いがテンションの爆発しそうな映像に焼きつけられる。


裁判所の事務官を定年退職したベンハミンは、人生で一番記憶に残った事件をモデルに小説を書き始める。今では検事になった当時の上司・イレーネの助言を求めるうちに、彼女に対する思いがよみがえってくる。


25年前に起きた新妻惨殺事件、捜査は難航したがベンハミンらの活躍で容疑者・イシドロが逮捕される。犯行を否認するイシドロをイレーネが侮辱し逆上させて自白させる場面は人間の矮小なプライドを逆手に取るという高等テクニックをみせる。また、有罪確定後超法規的措置で釈放されたイシドロがベンハミンとイレーネが乗るエレベーターに乗り込み、これ見よがしに拳銃を見せつけ無言の脅しをかけ、緊張のあまりイレーネが涙を流す場面などとともに、怒りや恐怖といった感情を非常に細やかに表現する。心理の深層を衝く見事な演出だった。


◆以下 結末に触れています◆


ベンハミンが洗いだす過去はあくまで彼の執筆する小説の中の世界。彼の経験に基づく事実がベースになっているのだが、現在のベンハミンが被害者の夫に会いに行ったエピソードもフィクションと解釈すべきなのか。イシドロに妻を殺された憎しみをずっと持ち続ける夫は、自らの手で復讐を果たしたという。しかし、ベンハミンが見た真実はイシドロに下された裁判所の判決そのものだ。この辺り、わずかな謎と選択の余地を残すことで見る者のイマジネーションを刺激する。事件を再現した小説は多分に創作も含まれているのだろうが、イレーネに対する一途なまでの想いは本物。ベンハミンの小説はミステリーに姿を借りた壮大なラブレターだったという構成には唸るばかりだった。