こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

スープ・オペラ

otello2010-07-03

スープ・オペラ

ポイント ★★★
監督 瀧本智行
出演 坂井真紀/西島隆弘(AAA)/加賀まりこ/藤竜也/平泉成/萩原聖人/鈴木砂羽
ナンバー 155
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


どこからでも乗れる、どこででも降りられるというエジプトのバス。ただ己の道を歩いているだけではなく、たまには見知らぬ人たちと道中を共にすれば、必ず発見がある。新しい関係を深めるのは気を使い手間もかかるのだが、他人と関わり合いを持てば何かが変わってくる。それは生き方を変えるほどでなくてもよい、誰かと気持ちを通わせれば自分自身の可能性も広がっていくのだ。映画は日常が完結しているようなもう若くないヒロインの非日常的な出会いを通じて、満ち足りた人生とは何かと問う。


古い木造家屋に叔母と二人暮らしのルイ。ある日、叔母が婚約者と旅に出る。そこにトニーと名乗る元気な老人と見習い編集者・康介が転がり込んできて、3人の奇妙な共同生活が始まる。


打ち捨てられたメリーゴーランドの前でリズムを取る小さな楽団、彼らが奏でる懐かしいメロディが寓話の世界にいざなう。心配な事や問題がない一日に満足しているルイにとって、おいしいスープを作ってくれる叔母との毎日は、これ以上何も望むものがないほどの平安をもたらしてくれる。そんな彼女に「男」というさざ波が立つが、もはや恋愛の感情が薄れているのか、ルイにときめきはない。その代わり、わが身を案じてくれるトニーや一生懸命頑張っているのに努力が報われない康介とテーブルを囲む楽しさを覚えている。2人の男と暮らしているのに性的なフェロモンがまったく感じられないところが3人の間に心地よい距離感を生んでいる。


◆以下 結末に触れています◆


ところが、勢いでルイと康介と結ばれると、康介は急にルイを呼び捨てにする。トニーも正体を口走ってしまってルイの家に居づらくなる。それぞれの思いが“やさしさ”のうちは保てるバランスが、“愛”が絡むと急に崩れてしまうもろさ。ルイは遊園地で老若男女みんなが輪になって踊る夢を見る。彼女にとってお互いの心に踏み込む1対1の深い絆よりも、浅くてもみんなが笑顔でいられるつながりが好ましいのだろう。叔母直伝のスープがあれば話相手のいない食卓でも淋しくない「幸福な孤独」を象徴するラストシーンに、ひとりでいることの安らぎが味わえる作品だった。