こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

武士の家計簿

otello2010-07-30

武士の家計簿

ポイント ★★★
監督 森田芳光
出演 堺雅人/仲間由紀恵/中村雅俊/松坂慶子/草笛光子/西村雅彦
ナンバー 180
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


規則正しく並べられた数十の文机に墨を満たした硯を置いていく。侍が斬り合いをしていたのは遠い昔、徳川の治世も中期以降になると武士はあくまで事務方官僚に過ぎない。映画は武芸ではなく書類仕事に一生を捧げた彼らの象徴のような武家の日常を、カネの出入りという視点からのぞき見る。支配階級といえども下級武士にとって生活は苦しい。一方で格式にとらわれ、武士としてのプライドも守らねばならない。そんな、平和な時代にお勤めを全うしようとした“サラリーマン”としての武士の姿を再現する。剣ではなく算盤こそ自分の魂と信じる主人公の正直な生真面目さがすがすがしい。


江戸時代後期、加賀藩の会計係・猪山直之は算盤バカと呼ばれるほど計算に秀でていた。ある日、藩の放出米の一部が横領されている事実をつかみ上司に報告するがもみ消される。ところが汚職役人が一掃されると、直之は藩主の側近に抜擢される。


広い屋敷に住み使用人を雇う身分でありながら、その台所事情は火の車。積もり積もった借金を返済するために家財道具を売り払い、利息の棒引きを求める直之。背に腹は代えられない事情があるにせよ、彼自身にも刀よりも算盤を使える=計算ができる人間のほうが上等という信念があったに違いない。だからこそ商人に頭を下げるのは武家の恥と思っている両親に対し、毅然とした態度で金銭管理の大切さを説くのだ。また、幼い息子に対しても出納帳を細かく付けさせ、その基礎を徹底的に叩きこむといった、価値観を押し付ける厳しい一面も見せ、当時の親子関係もしのばせえる。


◆以下 結末に触れています◆


武勲を立てるわけでもなく、藩の窮状や領民の困窮を救った英雄でもない。ただただ経理マンとして裏方に徹する直之の生き方は地味そのもの。それでも人生とは同じことを繰り返しと割り切り、己の使命を全うしようとする彼の生涯はまさにシンプルライフ。その後、明治維新の動乱を経験するが、敵に計算能力を見こまれて登用されるなど、仕えるべきは人や組織ではなく会計といった哲学は、不景気に苦しむ現代のビジネスマンにも通用するのではないだろうか。一芸は身を助けるのだ。