こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

シングルマン

otello2010-08-19

シングルマン A Single Man


ポイント ★★
監督 トム・フォード
出演 コリン・ファース/ジュリアン・ムーア/ニコラス・ホルト/マシュー・グード
ナンバー 182
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


愛する人を失った孤独、核戦争の終末が迫りくる絶望感。夜毎悪夢にうなされ、生きていく苦痛に苛まれている男が、最期と決めた日に体験するさまざまな出来事を通じて、人生の素晴らしさを再認識していく。死を意識したからこそ見えてくる他人のやさしさや美しさ、生を諦めたからこそ漲ってくる命の実感。端正な映像は心の糸を爪弾くような音楽に彩られて見る者に突き刺さり、舐めるようなねっとりとしたカメラワークで撮影された主人公の主観は彼の感情を細部までとらえて離さない。


長年同棲していたジムに先立たれたジョージは、自殺を決意、拳銃を鞄に入れて出勤する。講義を終え身辺を整理するが帰り際に学生のポッターに声をかけられる。夜、拳銃を口にくわえるが、なかなか引き金が引けず逡巡を繰り返す。


1962年のLAで同性愛を隠さずに大学教授といった社会的地位のある職に就けるものなのか。最後の講義で「マイノリティが迫害されるのは無知がもたらす恐怖ゆえ」と断じ、己の性的嗜好に対する差別を遠回しに指摘するが、ゲイに対して嫌悪感を抱く者や偏見をむき出しにする者は登場せず、同性愛が日常に定着しているように感じられる。ジョージは出会い系バーで男をナンパしたり、リカーショップでスペイン人をあからさまに誘ったり、ポッターと裸で泳いだ後自宅に招いたりするが、当時の道徳観ではかなり危険だったのではないだろうか。このあたりゲイならではの苦悩を描き込まなければ、ジョージをゲイと設定にした意味が浮かびあがってこない。


◆以下 結末に触れています◆


ポッターを見つめるジョージの絡みつく視線は、もはや老境にさしかかろうとする中年男の、若者に対する無遠慮な憧れと恋心。透き通る青い目と整ったマスク、贅肉のない肉体を持つポッターに、自らの老いと衰えを自覚する一方でもうひと花咲かせたい願望がジョージの胸に芽生えてくる。それはジムという過去への訣別であり、現在への覚醒であり、未来への希望である。そして、その気持ちを持った瞬間に息絶える皮肉に、ままならない運命と人の世の真実を見ているようだった。