こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

乱暴と待機

otello2010-10-13

乱暴と待機

ポイント ★★★★
監督 冨永昌敬
出演 浅野忠信/美波/小池栄子/山田孝之
ナンバー 244
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


他人の気持ちを慮るあまり恐ろしく卑屈になる女と、天井裏から覗き見をするのを楽しみにしている偏屈男。この一風変わった男女にかかわってしまったカップルの運命がレールを踏み外していく。シュールで大胆、コミカルだけれどリアル、そのあまりにも常識を逸脱した価値観の世界は強烈だが魅力的な異臭を放ち、一度そこに捕らえられると決して逃れられない不思議な磁力となって見る者を惹きつける。スエット上下にメガネのダサい恰好が非常に似合っている美波のリアクションに、まるで足場がしっかりとしていない非現実的パラレルワールドに迷い込んだような感覚を覚えた。


さびれた住宅に引っ越してきた番上は近所の奈々瀬と知り合いになる。奈々瀬は番上の妻・あずさの高校時代の同級生で、今は兄と称する無職男・山根と同居している。番上は徐々に奈々瀬のペースにはまっていく。


窓ガラスを突き破って和室に投げ入れられた自転車にまたがって出勤するあずさ、二段ベッドの上段でセックスする番上と奈々瀬を羽目板の隙間から見つめる山根、さらに破水しながらも包丁を手に奈々瀬を問い詰めるあずさの頭上から落ちてきて宙づりになる根岸といった、本来喜劇でしかありえない構図が次々と現れる。市営住宅のありふれた狭い和室でこれほど珍妙な映像が撮れることに驚きを隠しえない。そして浮気現場を押さえられた番上のへ理屈にも似た言い訳と、根岸が口にする状況からずれてはいるが的を射た言葉の数々が、心の奥に潜む良識のタガを外し、人間の本性を鋭くえぐりだす。


◆以下 結末に触れています◆


やがてあずさに捨てられた番上は奈々瀬と暮らし始める。奈々瀬はスエットもメガネもやめ、普通の恰好をしている。誰かと一緒でないと我慢できない女の性なのか、それでも番上との生活はどこかぎこちない。「永遠の愛は疑ってしまうが、永遠の憎しみは信じられる」という奈々瀬は交通事故で動けなくなった山根の世話をするために再びスエット&メガネに戻るが、山根の怒りに満ちた視線を受け流しつつ彼の世話をする奈々瀬の表情は幸せそう。憎まれることで相手に必要とされ、そのほうが居心地がいい、そんな奈々瀬の姿は、生きるのが不器用なすべての人々の光明となるだろう。