こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

信さん・炭坑町のセレナーデ

otello2010-10-30

信さん・炭坑町のセレナーデ


ポイント ★★★
監督 平山秀幸
出演 小雪/石田卓也/池松壮亮/大竹しのぶ/光石研/岸部一徳/村上淳/中尾ミエ
ナンバー 257
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


平屋の長屋と共同水道、三角ベースの野球、リヤカー、ボタ山、駄菓子屋、朝鮮人etc。炭坑でしか生きられない男たちと、そんな男に人生を託している女たち、映画は高度成長期の昭和の面影をディテール豊かに再現し、炭坑島の人々の生活を活写する。厳しい暮らしでも他人を気に掛ける人情と淡くはかない恋が繰り広げられる中、主人公の記憶に強烈な思い出となって残った一人の少年のまっすぐな生き方が輝きを放つ。人と人が手を伸ばせば届く距離にいた時代を描いた感傷とユーモアが程良くブレンドされた映像は、知らない土地の出来事にもかかわらず強い郷愁をもたらしてくれる。


母・美智代と共に炭坑町に引っ越してきた守は、カツアゲにあっているところを札付きの不良・信一に助けられる。親の愛に恵まれず育った信一は美智代に抱きしめられて思わず声をあげて泣き、それ以来美智代に対して恋心を持つようになる。


登場人物はみな経済的に恵まれているわけではないが、明日はきっと今日よりも良くなるという希望を持っている。石炭を掘ればなんとかなると思っている親世代、島を出て都会で一旗揚げようとする子供世代、物語は信一の美智代への思慕を中心に散文的なエピソードを積み重ねながら、人間同士の濃厚なつながりを綴っていく。この街では老人が孤独死することなど決してないと思わせる人間関係がうらやましくも懐かしい。後に信一と守がキャッチボールしながら胸の内をさらすが、かつて野球がスポーツの王様だったころにはどこの公園や原っぱでも見られた光景が、今や子供たちはサッカーボールを蹴っている。「失われたもの」への作者のノスタルジーが切々と胸にしみるシーンだった。


◆以下 結末に触れています◆


信一は養父が事故死したせいで新聞配達を始め、中学卒業後すぐに炭坑で働き始めたのだろう。それでも守との友情と美智代への思いは変わらず抱き続ける。仲間の誰よりも早く社会に出た信一、彼を見守る美智代と守。だが、時の流れはそんな島の平和も一気に押し流してしまう。ほとんど人がいなくなった住宅街や商店街のさびれたたたずまいが、ひとつの時代の終焉を象徴していた。