こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

イップ・マン

otello2011-01-26

イップ・マン 葉問2

ポイント ★★★
監督 ウィルソン・イップ
出演 ドニー・イェン/サモ・ハン・キンポー/ホァン・シャオミン
ナンバー 20
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


哲学者のような超然とした佇まいと世界のすべてを慈しむような優しい眼差し。しかし一旦拳を交えると、相手が攻撃する前に鋭く踏み込んで急所を突く。「武術とは心を無にして、争わぬために戦うこと」というポリシーのもと、稽古を精神修養の場ととらえ、ひたすらその教えを伝える主人公の高潔さが鮮烈だ。英国統治下の香港、まだ中国人が二級市民として扱われていた時代に、自らのプライドだけでなく中国人すべての誇りをかけて闘った男の生きざまは激しさと静けさが同居する。長年の植民地支配で諦めに慣れた人々に、再び勇気と希望を与えようとする姿は鍛え抜かれた刀のようだ。


'50年、妻子と共に香港に流れてきたイップは武術道場を開くが、地元有力者・ホンの妨害を受ける。だが、ホンの息子をイップが救って和解、ホンはイップをボクシングの試合に招待する。


襲い掛かってくる十数人のチンピラを目にもとまらぬ速攻と多彩な技で次々となぎ倒していくイップ。さらに直径2メートルほどの足場がぐらつく円卓の上でのホンとの死闘。その肉体と肉体がぶつかり合う生身のアクションからは、'70年代の香港映画の息吹が聞こえてくる。また、一見悪役に見えるホンも実は地元の武術道場を守るために英国人警察官に賄賂を渡している情に厚い男で、決して英国人に魂まで売ったのではないことが後に示される。イップが目指す武術の理想、ホンが直面する武術の現実、この2人を対比させ、当時の香港市民の複雑だがしたたかな感情を浮き彫りにしていく。


◆以下 結末に触れています◆


そして、ボクシング会場で中国武術を侮辱した英国人チャンピオン・ツイスターによってホンはリング上で葬られる。あくまで中国人の自尊心を守ろうとしたホンの遺志を継いでイップがツイスターに挑戦する。かつての好敵手のかたき討ちのためにサイボーグのような肉体のボクサーと一騎打ちする「ロッキー4」と同様の展開となるが、圧倒的な体格差をイップは手数とスピードでカバーする。この異種格闘技戦は西洋と中国の思想の激突。その上で人間の品格に差はないと説くイップの言葉は中国人の本音だろう。力だけでなく徳でも西洋を凌駕する、イップの勇士はまさに21世紀の中国人の指標なのだ。