こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

otello2011-04-14

卵 YUMURTA


ポイント ★★*
監督 セミフ・カプランオール
出演 ネジャット・イシュレル/サーデット・イシル・アクソイ/ウフク・バイラクタル/トゥリン・ウゼン
ナンバー 83
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


遠い昔に捨てたはずの故郷、すっかり変わり果てた街並みの中で、わずかに自分を覚えてくれている人もいる。そして忘却の彼方に追いやった記憶が脳裏によみがえる。主人公の苦悩、死者の願い、周囲の人々の思い、それは懐かしさなのか後悔なのか。相変わらず映画はその答えを導くことに興味はなく、さまざまなメタファーで観客のイマジネーションによりかかる。物語は壮年を過ぎた男が母の死をきっかけに帰郷し、そこで新しい人間関係を築いていく過程を描く。都会での生活は喧騒に満ちている半面、孤独の深淵から這い上がるのは難しい。そんな状況で、書物に囲まれた日常を愛していた彼の姿が物悲しい。


かつて詩人として活躍していたユシフはイスタンブールで古本屋を営んでいる。ある日、母の死の報せを受けティレにある実家に帰ると、アイラという若くて美しい遠縁の娘が母の世話を焼いていたことを知る。


ティレにはよい思い出がないのだろうか、ユシフは葬儀を終えると早々に立ち去ろうとする。だが相続や事後処理などの雑事だけでなく、母が願かけに羊を生贄にしようとしていたのをアイラに教えられ、完遂するまで滞在してくれと懇願される。一方でアイラは都会の大学に進学する夢を恋人に反対されている。町に残った人々が、町を出て成功した者に対して抱く、ほのかな嫉妬と羨望、その複雑な気持ちが電気店の男の視線に集約されていた。


◆以下 結末に触れています◆


殻に守られ親鳥に温められて安全を保障された卵、人生はその殻を破ることから始まる。それはユシフにとって、親の庇護を離れること。しかし、もはや両親はいない、都会での暮らしにも先が見えてきた。久しぶりに戻った生まれ育った場所には、まだ人々の心に温かさが残っている。母の願かけを終えイスタンブールに戻ろうとしたユシフが変心したのは、やはりティレこそが己の居場所であるとわかったから。さまざまな苦楽を体験した後にやっと至る心境。感情を抑制した寡黙な映像はユシフの歩んだ半生を反映しているようだった。