こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

マーラー 君に捧げるアダージョ

otello2011-05-09

マーラー 君に捧げるアダージョ MAHLER AUF DER COUCH

ポイント ★★
監督 フェリックス・O・アドロン/パーシー・アドロン
出演 ヨハネス・ジルバーシュナイダー/バルバラ・ロマーナー/カール・マルコヴィクス
ナンバー 109
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


世紀末の面影を色濃く保ち、落日の帝国の首都としてかつての繁栄の残滓に寄り添うかのような20世紀初頭のウィーン。まるでこの街の未来を予言するかのごとく美しく静かで陰鬱な旋律は、音楽家の妻に対する愛情だけでなくそのはかなさをも感じさせる。妻の不貞に心を痛め、創作に行き詰まり、強迫観念に取りつかれたあげく精神科医のコンサルティングを受ける作曲家の苦悩は、近代から現代への大変換に取り残されそうになっていることに遠因があるのか。貴族趣味の象徴であるサロンが最期の輝きを見せた時期、アーティストはいかに生きるべきか、映画は主人公と妻の感情に密着する。


妻・アルマと建築家の密会を知ったマーラーは、フロイトのもとを訪れ悩みを打ち明ける。やがて催眠療法によって、マーラーとアルマの出会いを思い出させ、夫婦のすれ違いがいつ・どこから始まったのかを詳らかにしていく。


ウィーンの音楽界に君臨していたマーラーがアルマと見染めたのは41歳のときで、アルマは当時音楽を志す22歳。マーラーはアルマの美貌に夢中になり、ほどなくプロポーズする。しかし、アルマに音楽を禁じたのが原因でふたりの間に齟齬が生じる。アルマは19歳も年上のオッサンに性的魅力を覚えなかっただろうが、それでも彼の名声には憧れていたはず。一方で夢を捨てさせられたのが決定的に胸の奥にしこりとして残る。建築家との不倫はマーラーへの復讐、そしてアルマは見事にその目的を遂げるのだ。


◆以下 結末に触れています◆


物語はフロイトの治療によって、マーラーが記憶の中に埋もれていたアルマとの諍いの種を探すという構成だが、時に彼らの近親者の証言を挟みこんだりして統一感に欠ける。湖畔の別荘で「ワルキューレ」を歌うオペラ歌手の伴奏をふたりで連弾し湖上にボートを浮かべた人々が喝さいを送る場面など、時代の雰囲気が強くにじみ出るすばらしいシーンもあったが、全体としてはちぐはぐな印象は否めない。もちろんテーマはマーラーとアルマの結婚生活であるのは理解できるが、人物の心理面への踏み込みが甘く、たとえばマーラーの作品は愛してもマーラー本人は愛せなかったアルマの複雑な気持ちを描くなどの工夫がほしかった。