こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ブラック・スワン

otello2011-05-12

ブラック・スワン BLACK SWAN

ポイント ★★★
監督 ダーレン・アロノフスキー
出演 ナタリー・ポートマン/ヴァンサン・カッセル/ミラ・クニス/バーバラ・ハーシー/ウィノナ・ライダー
ナンバー 113
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


ベッドから起き上がると足指をほぐし、つま先の状態を点検する。そして卵とフルーツの朝食。目覚めたときから生活のすべてがバレエに直結するダンサーの、ディテール豊かな日常をカメラはとらえる。物語は「白鳥の湖」の主役に抜擢されたヒロインが、その役のダークサイドを身につけようとするうちに、プレッシャーに押しつぶされていく姿を追う。妄想と幻覚、悪夢と現実が入り混じり、内なる己との葛藤に徐々に正気をなくしていく過程で得た妖しさを、胸元からあごにかけ幾本もの筋が浮き立つほど肉体を絞り込んだナタリー・ポートマンがホラー一歩手前の鬼気迫る形相で演じる。


NYシティバレエ団のニナは演出家のトマから白鳥の女王役に指名される。それは白鳥の優美さのみならず黒鳥の邪悪で淫らな企みをも体現しなければならない難役。ニナは喜びとともに不安に苛まれていく。


妊娠を機にバレエを諦めた母の夢を背負っている故か、ニナはセックスに嫌悪感を抱いている。一方で、公演では男心をとろけさせる黒鳥の魔力も求められる。それには抑圧していたリビドーの解放が必須。“踊りは正確だが感情が表現できない”とトマに指摘されたニナが、自己主張をはじめ、ついには母と衝突する。自分を愛し育ててくれた、だが過剰な干渉にはもう耐えられない。性的な魅力を付けるためにオナニーに励む際も仮想の相手は女友だちというシーンで、母の影が彼女の成長を妨げていたことを示すあたり、非常にシャープな構成だ。やがてニナは母の気持ちを踏みにじる事実を口走り、「優等生」の殻を脱ぎ捨てる。


◆以下 結末に触れています◆


嫉妬や怒りのほかに、安寧を暗転させようとする邪心を持つ黒鳥、追い詰められたニナは代役を刺殺しても主役の座を守ろうとする。ニナの全身が黒い羽根に覆われていくクライマックスは、まさしく内面までが黒く染まった徴。心の闇と官能の境地にたどりついたニナのパフォーマンスは、身震いするほどの美しさをもって喝采にむかえられる。そんな、アートに人生を捧げた者だけが立てる高みを映画は見事に描き切っていた。