こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

さや侍

otello2011-06-13

さや侍


ポイント ★★*
監督 松本人志
出演 野見隆明/熊田聖亜/板尾創路/柄本時生/りょう/ROLLY/腹筋善之介/伊武雅刀/國村隼
ナンバー 141
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


刀はないのに、その鞘だけは決して手放そうとしない。それは戦いを避けてきた男に残った最後の希望。そして彼は、誇り高く死ぬために道化になり、道化を続けて誇りを取り戻していく。映画は切腹の代わりに慣れない一発芸を披露する侍と彼の娘を通じ、親子の関係の中で真剣に人生に向き合う姿を描いていく。なかなか浮かばないアイデア、ウケを狙ったのにスベッてしまう間の悪さ、主人公が生みだす凍りついた場の空気はそのまま現代の芸人たちが無名時代にライブで体験してきた試練。彼と協力者がネタを思いつき芸に昇華させる過程で、松本人志は“笑い”の本質に迫っていく。


脱藩の罪で、「30日以内に若君を笑わせたら無罪放免、笑わせられなかったら切腹」という“三十日の業”を言い渡された野見は、娘のたえになじららながらも慣れないネタ作りに頭をひねる。しかし、15日経っても若君はまったく関心を示さない。


やがて2人の牢番もネタに口をはさみはじめ、一発芸は大掛かりになっていく。最初のうちは野見が刀を捨て逃げてばかりだとなじっていたたえも、必死で笑わせようと努力する野見に、“三十日の業”の成功を願うようになる。さらにショータイムが一般公開され、街中の人気者になる野見は、業のなかで初めて己が他人に期待され必要とされていることに気付いたはず。野見の表情はほとんど変わらず感情は見えてこない。だが、芸に挑戦するときに肉体から迸る生気こそ、彼もまたこの業で何かを達成させようとしていた事実を物語る。


◆以下 結末に触れています◆


結局、“三十日の業”は失敗、殿の計らいで切腹までに一日の猶予をもらうが、もはや野見は覚悟を決めている様子。牢番やたえの声援を無視して、自らの腹に刀を突き刺す。ところが、その刀を野見は自分の鞘に戻すのだ。鞘に入った刀は武士の象徴、本当は野見自身、そうやって武士の一分を全うする瞬間を待ち望んでいたのではないだろうか。多くを語らないゆえに多くを想像させる、そんな野見を演じた野見隆明の渋さが光る作品だった。