こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ゴーストライター

otello2011-07-13

ゴーストライター THE GHOST WRITER


ポイント ★★★★
監督 ロマン・ポランスキー
出演 ユアン・マクレガー/ピアース・ブロスナン/キム・キャトラル/オリヴィア・ウィリアムズ
ナンバー 165
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


鉛色の重たい空、波高く荒れる海、不安を掻き立てる音楽…。現代風のたたみかけるテンポではなく、まるでヒッチコックのようなタッチでじっくりと状況が染み通るのを待つ映像は、不可解で巨大な腐臭が漂う事件に巻き込まれた主人公の感情をリアルに再現する。死者が残したメッセージ、隠ぺいされた過去、そして戦争犯罪。映画は現代国際政治のタブーを知ってしまった男が味わう恐怖を通じて、本当に恐ろしいのは世界の仕組みが一部の組織に牛耳られていることであると告発する。


テロリストへの拷問容疑で隠棲中のラング英元首相の自伝を代筆するために米国の孤島に渡ったゴーストライターは、不審死した前任者がラングの経歴に齟齬を発見し、CIAとの深い関係を証明しようとした調査を引き継ぐ。その後、彼が死の直前に訪問した人物に会い問いただす。


妻と仲のいいはずのラングが実は秘書を愛人にしていたり、資料は一切持ち出し不可だったり、ラングへのインタビューも歯切れの悪い答えしか返ってこない。そんな執筆の妨げになる制約がゴーストライターを苦しめるが、彼は粘り強い取材と推理で一つずつ事実を明らかにしていく。その幾重にも張り巡らされた伏線が国家的陰謀に結びついて行く過程は、派手なアクションに頼らず、登場人物の表情の些細な変化がヒントとなる。見る者に謎を解く時間を与えてくれる間の取り方はミステリーの王道だ。


◆以下 結末に触れています◆


そもそもラングにとって自伝出版は名目で、CIAの操り人形だった人生を他人に精査させ、妻とCIAに一矢報いるのが本来の目的だったのだろう。どんな妨害にあっても全うする意志と知性と行動力を備え死んでも誰も悲しまない人物、ゴーストライターはまさにこの仕事に適任。ラングはゴーストライターに対して煮え切らない態度をとるが、それは彼の想像力を試し、自分の口からは言えない真実をゴーストライターに暴かせ、欺瞞に満ちた己の半生を総括したかったということなのだ。原稿の束が道路にまき散らされるラストシーンが、保身のためには個人の思いなど一顧だにしないCIAの本性を見事に衝いていた。