こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

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otello2011-11-22

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ポイント ★★★
監督 アミール・ナデリ
出演 西島秀俊/常盤貴子/菅田俊/でんでん/笹野高史
ナンバー 268
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


容赦なく繰り出されるパンチに歯を食いしばり、床を蹴って耐える。這いつくばってもまた立ちあがり、拳の雨の前に身をさらす。男はまさに映画そのもの、批評家の酷評や配給会社の無関心、観客の無反応、興行的失敗などさまざまな逆境のパンチを浴びながら、それでも映画を作りたい映画作家の社会への挑戦、創作への欲望、なにより商業主義に堕した映画業界から芸術としての映画を守ろうとする自由な魂の象徴だ。そして惜しげもなくちりばめられた過去の名作のスチールや動画は主人公という媒介を経て豊饒なイメージに昇華されていく。


売れない映画監督の秀二は新作のあてもなく、古いフィルムの上映会を主催しては映画の素晴らしさを訴えている。ある日、秀二を金銭的にサポートしていた兄が急逝、莫大な借金の肩代わりをする羽目になる。


兄の死に責任を感じ、同じ痛みを味わうことで少しでも贖罪を果たそうとする秀二は“殴られ屋”となってカネを集める。顔は腫れ体はあざだらけ、意識が飛んでも残高はなかなか減らない。そんな絶望的な状況でも、決してブレずに己を信じ、一万円札をかき集めヤクザに返していく。秀二の鬼気迫る姿はいつしかヤクザの気持ちすら動かし、彼らは返済に協力するために積極的に秀二を殴る。そのたびに秀二は「クソクズ映画」とシネコンを罵って、崇めている監督の名シーンを脳裏に描いていく。最後まで意志を貫き通そうとする彼は、その苦しみを一本の映画を完成させる過程になぞらえているのだ。


◆以下 結末に触れています◆


秀二は映画史上最高傑作に「市民ケーン」を選ぶ。借金を完済したいま最高峰の境地に辿りつき、さらに、莫大な富を築いても孤独な最期を迎えたケーンよりは、殴られるうちにバーの女や老いたチンピラの助力を得た自分の方がよき人生を送っていると言いたかったのだろう。映画と直接的な暴力の関連性は明示されない、だが命の危険を冒してもなお撮りたいという秀二の、すなわちアミール・ナデリ監督の偏愛ともいえる映画に対する情熱だけは強烈なインパクトを伴って伝わってくる作品だった。


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