こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ピアノマニア

otello2011-12-07

ピアノマニア PIANOMANIA


ポイント ★★*
監督 リリアン・フランク/ロベルト・シビス
出演 ピエール=ロラン・エマール/ラン・ラン/ティル・フェルナー/アルフレート・ブレンデル/シュテファン・クニュップファー
ナンバー 282
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


歪みやひずみなどもちろんない。ハンマーは寸分たがわず弦を叩き正確な音を出している。それでもピアニストの求める音質とは食い違い修正を迫られる。固い音、柔らかい音、広がりを持つ音、メロウな音、響きがきれいに収まる音etc. そういった繊細で微妙な注文に応じるために弦のテンションをいじりハンマーのタッチを変える。映画はそんな調律師の仕事に密着し、より完璧なパフォーマンスを目指すアーティストとの対話と葛藤そして信頼と友情を描く。ホールの壁や天井との距離や角度、材質まで計算に入れ、客席での聞こえ方に細心の注意を払う、これぞまさに職人の手技だ。


ウィーン・コンチェルトハウスの調律師・シュテファンはピアニスト・エマールの録音プロジェクトにふさわしいピアノを探し、音を調節していく。エマールの指示は難解で抽象的、シュテファンはエマールの期待に応えるべく、理想の音を追う。


録音が始まるまでの1年、シュテファンはエマールのスタイルに合うピアノはないかとドイツにまで足を運ぶ。その間にも他のアーティストたちとの交流があり、彼らがシュテファンに見せる素顔が楽しい。陽気なラン・ラン、引退間近のブレンデル、道化ショーのコンビまで、ステージでは見られない無防備な姿。それはシュテファンに心を許しているだけでなく、カメラを向けるディレクターにも全幅の信頼を置いているからにほかならない。その、カメラと対象の近さが人間の奥まで踏み込むことを可能にし、このドキュメンタリーに深みを与えている。


◆以下 結末に触れています◆


「私にとってこれは研究なんだ」。もはや言葉で表現できないほど細かいフィーリングの差異を指摘するエマールに対してシュテファンが嫌な顔ひとつせず微調整する場面では、彼のプライドの高さが穏やかな人柄からにじみ出る瞬間をカメラは逃さない。ピアニストに最高の演奏をさせるのを己の使命ととらえ、プロとは何かを教えてくれるシーンだった。また、映画自体の録音が素晴らしく、エマールが口にする音色の違いが音楽に素人の耳でも理解できるようになっていて、ピアノの音の奥行きを感じさせてくれた。


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