こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

無言歌 

otello2011-12-21

無言歌 夾辺溝

ポイント ★★★
監督 ワン・ビン
出演 ルウ・イエ/リェン・レンジュン/シュー・ツェンツー/ヤン・ハオユー/チョン・ジェンウー/ジン・ニェンソン/リー・シャンニェン
ナンバー 300
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


地平線まで続く砂と土ばかりの黄色い大地は、空の青さですら悲しげに映るほど荒涼としている。強制労働に従事する人々は、土壁がむき出しの穴蔵で寝起きし、与えられる食事は薄い粥のみ。野草やネズミを煮込み、他人が嘔吐した豆を口に運び、死人の肉まで食らう。毎日数体の死体がリヤカーで運搬される光景は、その場所がまさに死と隣り合わせである象徴。反右派闘争時代の中国、映画は共産党に批判的な発言をして捕えられた政治犯の日常を淡々としたタッチで描く。そこにあるのは絶望と諦観、ただ朝目覚めたときに生きていればラッキー、だが一方で苦しみがまた1日増えただけという、一縷の希望もない地獄なのだ。


1960年、ゴビ砂漠の労働キャンプに新しい囚人が送り込まれる。荒地の開墾作業は重労働なうえ徒労に等しく、食糧事情の悪化と共に囚人たちは次々と息絶えていく。そんな時、死んだ囚人の妻が夫を訪ねてくる。


収容されている人々の多くは教養のある知識人階級なのだろう。極限状況に追い込まれながらも決して他人のモノを盗んだり、諍いを暴力的に解決しようとはしない。むしろ班長を中心に平和的な自活が行われているようにも見える。もちろん彼らの中にも禁忌を破った者もいるかもしれない。しかし、みな表面的には人としての尊厳までは捨ててはいない。夫が死んだとは知らずはるばる上海から会いに来た妻に対し、李という囚人は悲惨な真実を隠し、後には火葬を手伝ってやる。自分の命すら危険な状態なの人の心は失ってない、彼の優しさが美しかった。


◆以下 結末に触れています◆


後に李は脱走を試みるが、同行した“先生”が力尽きて動けなくなると、極寒の中でも自分のコートを脱いで彼に掛けてやったりと、こんな場合でも他人への思いやりを忘れていない。ここで語られるのは近過去の中国に起きた現実、彼のような善良な人間でさえも毛沢東の一存で理不尽な運命にさらされる。それはいまだに喉の奥に刺さった小骨のごとく負の歴史として中国人の記憶に残っているのだ。感情的な演出を一切避け、リアリティを積み重ねるような映像には圧倒的な迫力があった。


↓公式サイト↓