別離 JODAEIYE NADER AZ SIMIN
オススメ度 ★★★★*
監督 アスガー・ファルハディ
出演 レイラ・ハタミ/ペイマン・モアディ/シャハブ・ホセイニ/サレー・バヤト/サリナ・ファハルディ/ババク・カリミ
ナンバー 65
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています
無実を訴えたいがゆえに、咄嗟に口にした偽りに良心が痛んでいく。事実を明らかにするには、隠しごとを話さなければならない。そして、彼らは真実の重みにいつしか耐えられなくなっていく。いくつのも張り巡らされた伏線、予断を許さない展開、きめ細かいリアルな人物描写。映画はひとつの事件をきっかけに2組の夫婦が抱える軋轢を浮き彫りにする。怒りと憎しみ、それははじめ係争相手に向けられていたのに、後に味方となって助け合うべき夫婦間の不信感となって抑えていた感情を表出させていく。家族といえども所詮は他人、完全に理解し合うのは不可能なのだ。
移住問題で妻のシミンと別居したナデルは、認知症の父の介護にラジエーを雇う。ある日、ラジエーが父を縛って外出したのを知りナデルは激高、彼女を部屋から追い出す。直後にラジエーは階段で転倒、流産してしまう。
ナデル一家は先進国並みの消費を享受しているが、ラジエーは失業中の夫に代わってわずかな生活費を得ようとしている。2組の夫婦の暮らしぶりを対比しつつ、老人介護、宗教上の戒律、女性の束縛と自立といった現代イランの社会問題を踏まえた脚本と丁寧な演出は、上質のミステリーの思わせる構成で家族の絆とその脆さを描き込んでいく。また、ナデルが娘にガソリン代の釣りを取りに行かせる場面で、金持ちほどケチと端的に語る手腕は見事。経済の発展が格差を助長する現象はこの国でも変わらない。
◆以下 結末に触れています◆
やがて裁判になり、ナデルは流産の責任を問われる一方、ラジエーを父への虐待で告訴する。さらに細部が詳らかになるにつれ、ナデルもラジエーも意地を張るほど己の首を絞め、逆に相手の好意を踏みにじっていた皮肉に気づく。悪意を持つ者などひとりもいない、原因は自分がついた小さな嘘。だが、一度掛け違えたボタンは悪循環を繰り返し、泥仕合の様相を呈していく。結局、誰も救われず、事態は何も好転しない。果たしてこれでよかったのか。物事を曖昧なまま収めるのも、人生を穏やかに過ごすためには時に必要なことだとこの作品は教えてくれる。