こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

毛皮のヴィーナス

otello2014-12-25

毛皮のヴィーナス LA VENUS A LA FOURRURE

監督 ロマン・ポランスキー
出演 エマニュエル・セニエ/マチュー・アマルリック
ナンバー 297
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています

ルーズなのに繊細、粗野なのに優雅、無教養なのに知的。突然乱入してきた女は、男のあらゆる常識を打ち破る。戸惑いと混乱、いつしか彼は彼女にコントロールされることで経験のない快感を覚えていく。物語は精神的な支配と肉体の痛みを伴う服従の古典的ストーリー脚色した劇作家が、オーディションに参加した女優に心酔していく様子を描く。劇作家と女優が男と女になり、やがて奴隷と女主人に変化していく過程は、心理サスペンス以上に人間の心の奥に潜む“命令されたい願望”をあぶりだす。自由とは何か、自由を奪われる自由もまた権利としての自由なのか。映画はそんな不条理の森に見る者をいざなう。

「毛皮のヴィーナス」のオーディションに遅刻したワンダは帰り支度をするトマに強引に頼み込んでステージに上がる。はじめは迷惑顔のトマだったが、ワンダの迫真の演技力と原典に対する理解に次第に引き込まれていく。

当然トマはマゾッホの原作を精読し関連資料も調べつくしているはず。だがワンダは彼以上に深い考察と洞察で独自の「毛皮のヴィーナス」観を構築している。その解釈はフェミニズム的で、相手役を務めるトマは仕事を忘れて夢中になる。そして芝居にのめり込んだ2人は、劇中の人間関係さながら主従の立場を演じ、現実と虚構の垣根が取り払われていく。それは、決定権を持つが責任も取らされる劇作家の不安の裏返しとしてのマゾ嗜好なのか、演出家の注文通りの演技しか許されなかった女優の復讐なのか、2人の作品に対するあくなき探究心なのか。映画はさらなる芸術の深淵に足を取られていく。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

履歴書はでたらめ、オーディションの予約もしていない。なのにトマの恋人を知っている。そう、彼女はトマの生み出した幻想なのだ。正規のオーディションでは候補者は見つからず、頭の中で作り上げた理想のワンダ像。数々の名作を生んだポランスキー監督も、きっと映画の現場ではめったに自らのイメージとマッチした俳優に巡り合えなかったのだろう。。。

オススメ度 ★★★

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