こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

百日紅 Miss HOKUSAI

otello2015-05-12

百日紅 Miss HOKUSAI

DATE 15/5/11
THEATER 109HT
監督 原恵一
出演 杏/松重豊/濱田岳/高良健吾/美保純/清水詩音
ナンバー 110
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています

きりりと引き締まった太い眉は彼女の強い意志を象徴する。目に見える光景に躍動感を加え、想像上の生き物には命を与え、地獄の苦痛はリアルに描いた女絵師。仕事に対して決して妥協はしないが、恋に奥手ゆえ男女の睦み事だけは上手に筆が走らない。19世紀前半、映画はそんなヒロインが見聞する江戸庶民の四季の移ろいを通じ、人間が抱える様々な思いを散文的にスケッチする。隅田川にかかる大きな橋の上で行き交う人々は生気にあふれ、一方で夜になると跳梁跋扈する物の怪たちの気配は死の臭いを濃厚に放つ。そこにおどろおどろしさはなく、現世と異界の境界があいまいだった当時の生死観を反映させていた。

北斎の名で浮世絵界に君臨する鉄蔵の娘・お栄は、才能を認められてはいるが壁を越えられない。兄弟子の善次郎や盲目の妹・お猶と過ごすうちに、己に足りないものは男性経験であると気づく。

浮世絵を思わせるような鮮やかなカラーで彩られたエピソードの数々は、物質的にも精神的にも爛熟期を迎えた江戸時代の町人の暮らしを再現する。貧乏長屋でもひもじさはなく、絵筆一本で飯が食える身分を結構楽しんでいるお栄。それは画才以上に鉄蔵から受け継いだ処世術でもある。また、お猶の身を誰よりも案じ、暇があれば外に連れ出して街の空気に当たらせたりする。その、他者を思いやる心こそ彼女が到達した独自の作風、見えないはずの金魚を愛でるお猶を活写した絵には彼女の願いが凝縮されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

他にも、吉原の花魁奇譚、地獄絵図にうなされる武家の妻、男娼との一夜など、TVの時代劇では見られない江戸の一面もディテール豊か。ただ、それらの挿話は特にオチもなく漫然と積み重ねられるばかりで、物語の大きな流れがあるわけでもない。まあ、人生とはこういうものなのかもしれないが、もう少しお栄が抱く創作上の苦悩や葛藤、日常での喜怒哀楽といった感情の起伏に踏み込んでほしかった。

オススメ度 ★★

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