こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

あん

otello2015-06-02

あん

監督 河瀬直美
出演 樹木希林/永瀬正敏/ 市原悦子/内田伽羅/浅田美代子/水野美紀
ナンバー 127
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています

荒れた手肌、手首にできたこぶ、曲がったままの指。高齢だからではない、忌み嫌われた病気だったから。でも彼女が作るつぶあんは舌をとろけさせる。育てられた畑、加工される過程で浴びた風や太陽、厨房に運ばれてくるまでの道のり、そんな小豆の声に耳を傾け、じっくりと愛情深く煮込むから。映画は、自由に生きる権利を奪われた老婆が取り戻した、ほんのわずかな時間を描く。彼女がつぶあんを通して希望を失った男と娘に伝えたかったのは、運命に立ち向かえというメッセージ。己に非がないのに、国家による隔離で人生を台無しにされた彼女にとって、自分の選択と責任で未来を選べる幸運に気づかない2人は甘ったれた存在でしかないのだろう。それでも恨みごとを口にせず、淡々と事実を語る彼女の言葉の重さが心にしみる。目に見えない差別は今もなくなっていないのだ。

千太郎が働く小さなどら焼き屋で働き始めた徳江。彼女があん作りを担当してから店の評判が上がり行列ができる。一方で、店の常連の中学生・ワカナも徳江と打ち解ける。だが、心無いうわさが立ち始める。

徳江の真摯な働きぶりを知っている千太郎はもちろん彼女に好感を抱いている。感染しないと学んだワカナも徳江への距離を変えたりはしない。にもかかわらず、なんとなく人々が持つハンセン病への嫌悪感が透明なバリアとなってどら焼き屋を遠ざける。決して悪意があるわけではない、無知と無理解が芽生えさせる不安が生み出す警戒心にさらされ続けた徳江の、慣れともあきらめとも見える無表情が胸を圧迫する。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

徳江は店を去る。引き止めず、彼女のために戦いもしなかった千太郎は自らの無力を悔やみ恥じるしかない。世間に対する失望を深めただけなのに、どら焼き屋で働いた数週間を“楽しかった”と言う徳江。彼女の態度は見る者すべてに突き付けられた問いでもある。“お前は偏見を理性で克服できるのか?”と。

オススメ度 ★★★

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