工房の小さな窓から差し込むやわらかな光を浴びながら、若い男女は月をテーマにした名曲を連弾する。彼女は失意のどん底からの再起を期し、彼はピアノの楽しさを全身で表現する。音楽に人生を賭ける覚悟が揺らいでいる者と、音楽こそ人生と定められた運命の下に生まれてきた者の対比が印象的だった。物語はプロ演奏家への登竜門的なピアノコンクールに参加した4人の若者たちの戦いを描く。エリート街道を歩んできた者がいる。大きな挫折を味わった者もいる。天真爛漫な神童がいる。妻子持ちの苦労人もいる。それぞれが背負ってきた過去と進むべき未来図を胸に抱いて鍵盤に集中し、指先から紡ぎ出されるメロディに全人格を凝縮させる。皆、お互いが最高のパフォーマンスができるように協力する、そんな競争相手に対する敬意が心地よかった。
天才少女と呼ばれていたがコンサートをドタキャンし一線から身を引いていた亜夜は、会場で幼馴染のマサルと再会する。マサルはジュリアード音楽院で英才教育を受けていた。
伝説のピアニストからの推薦状を携えた塵は審査員の意見を二分するほどの斬新さとテクニックを持つ。サラリーマンの明石は仕事と子育ての合間に練習を重ね、“生活者の音楽” を標榜する。各々の個性と想像力が試される二次選考、超絶技巧と自由な発想で聴く者を魅了する塵と、あくまで正攻法を極めようとするマサルの、対照的な世界観の違いが興味深かった。一方で、彼らほどの才能には恵まれなかった明石の “凡人の最高峰” というべき奏法は、とんがった部分がない分素人にはわかりやすかった。
◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆
恋も友情も青春のきらめきも、普通の人間ならば誰もが通る道を彼らは知らない。ステージではピアノに捧げた情熱と成果のみが問われている。芸術の神に選ばれるためにはあらゆる煩悩を断って不断の努力を続けるべしと彼らの生き方は示していた。ただ、長大で濃厚な原作を忠実に映像化するには2時間という上映時間では消化不良。音符が洪水のごとく押し寄せる本選曲にも疲れた。
監督 石川慶
出演 松岡茉優/松坂桃李/森崎ウィン/鈴鹿央士/平田満/アンジェイ・ヒラ/斉藤由貴/鹿賀丈史
ナンバー 239
オススメ度 ★★*