こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

うたのはじまり

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開いた外陰部から赤ちゃんが頭部だけを出している。母親は必死に耐え時にいきんでいるが、それ以上はなかなか出てこず、硬直状態が続く。出産という生命の神秘を想起させるイベントに抱いていた神々しいイメージとは裏腹に、あまりにも生々しい光景に思わず息を呑んだ。一瞬「エイリアン」のワンシーンが脳裏をよぎったが、母体の肉体的な負担の重さがリアルに伝わってくる。カメラは、聴覚障害の写真家が音楽を “感じる” ことでオリジナルメロディの子守唄を紡ぐ過程を追う。音は知覚できないけれど、手話や筆談でコミュニケーションは取れるようになった。日常生活の些事もたいていはこなせる。だが、音楽がどういうものなのかは理解できない。一方で、自分なりに解釈しようとする主人公の葛藤は人間の想像力が持つ可能性の大きさを教えてくれる。

生まれつき耳が不自由な齋藤は、小学生時代音楽の授業についていけなかった。ところが息子・樹の誕生を機に、音楽や歌に対する考え方が変わっていく。

己の意思を表すために紙にサインペンで言葉を綴っていく齋藤。テクノロジーに頼らず、一文字ずつ手書きして思いや感情を込めている。写真もポジフィルムを1枚ずつマウントに挟み、前時代的なスライドショーで公開する。音がない世界で生きるには、効率では測れない濃密な対人関係が必要となる。それゆえ齋藤はアナログにこだわっているのか。溺愛する樹の泣き声は聞こえなくても表情で気持ちを読む。話し言葉より早く手話を覚える樹に、健聴者としての人生を歩ませたい。音楽家の訪問を受けた齋藤が、樹の健やかな成長を願い、彼のギター演奏を聞かせるシーンは愛情に満ちていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

そして齋藤は樹のために子守唄を唄いだす。彼には、自ら口ずさんでいる歌が旋律になっているのかどうかわからないはず。それでも樹への想いは確実に伝達している。樹もいつか齋藤をお父さんと呼び始めるだろう。もはや障害など問題ではない、慈しみ深く育てられた樹がどんな大人になるか楽しみだ。

監督  河合宏樹
出演  齋藤陽道/盛山麻奈美/盛山樹/七尾旅人
ナンバー  299
オススメ度  ★★*


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