こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

アドリフト 41日間の漂流

f:id:otello:20200404100656j:plain

大波に呑まれて転覆した。マストは折れ、通信機器も壊れた。婚約者も消えた。残されたのはわずかな食料と水、そして幸せだった記憶。物語は、大海原をヨットで航海中に遭難した女のサバイバルを描く。南の島で出会いずっと一緒に行動してきた彼は、ヨットの操縦を一から教えてくれた。なにものにも縛られず世界中を旅してきた彼女にとって、彼は初めて腰を落ち着けて考えられる相手。彼もまた、自由な彼女を束縛することなく受け入れる。運命的な絆と、ふたりで迎える未来。お互いがお互いの人生に必要だと感じたふたりは、少しのお金と愛を深めるために長い船旅に出る。しかし、動力源も破損しヨットはただ漂流するだけ。終わりが見えない恐怖の中、希望を失わず生き抜こうとするヒロインの不安定な感情が繊細に再現されていた。

南太平洋のタヒチにやってきたタミーはヨット乗りのリチャードと知り合い、結婚を約束する。リチャードは老夫婦から彼らのヨットをサンディエゴまで運ぶよう頼まれ、タミーと共に引き受ける。

2週間ほどは順調な天候が続いたがいきなり熱帯低気圧に襲われ、タミーを船内に逃がしたリチャードは甲板から落ち海中に沈む。暴風雨が去った後、平穏に戻った海は360度水平線しか見えない。大洋の中でポツンと漂うヨットで冷静さを取り戻したタミーが胸に抱く孤独と絶望がリアルだ。それでも波間に揺れる救命ボートにしがみつくリチャードを見つけた彼女は、危険を顧みず海に飛び込み彼を助ける。「リチャードとふたりで生きたまま陸地にたどりつく」。新たな目標を見出したタミーは不安と疲労、飢えと渇きに耐える。決してあきらめないタミーの精神力の強さが印象的だった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

足を骨折したリチャードを甲板に横たえ治療するタミー。とりあえず命はつなげられるが、いつまでもつかわからない。永遠に思えるほどの単調な時間をリチャードと過ごしたタミーは、心を正常に保つのが難しくなっている。そんな、極限まで追いつめられた人間が見る幻覚が哀しくも切なかった。

監督  バルタザール・コルマウクル
出演  シャイリーン・ウッドリー/サム・クラフリン
ナンバー  53
オススメ度  ★★★


↓公式サイト↓
https://adrift-movie.jp/

サーホー

f:id:otello:20200403113341j:plain

謎が疑惑を呼び、アクションが暴力を加速させていく。だれが悪党でだれが善人なのか、裏切りと欺瞞が渦巻くなか、主人公は超然と振舞い圧倒的な強さで立ちはだかる敵をなぎ倒していく。物語は、巨大犯罪組織の後継者争いを背景に、大掛かりな窃盗団が暗躍し、彼らを追う警察の特命班とともに、秘密金庫を開けるための “鍵” を手に入れようと終わりのない抗争を繰り広げる過程を描く。重量感溢れる格闘、しなやかな身のこなしで予想もしない角度からの射撃、渋滞した道路での銃撃戦、刃物や棍棒を使った乱闘、破壊の限りを尽くすカーチェイス、極めつきはジェットスーツによる空中肉弾戦。そこには「映画は娯楽」と割り切った徹底したサービス精神が貫かれている。脚本上の小さな齟齬をいちいち指摘するのはそれこそ野暮の極みだ。

窃盗団摘発のために特命捜査を命じられたアショカは、美人刑事・アムリタと共に容疑者を追う。2人はモニターに映ったひげ面男に接近、ブラックボックスと名付けられたツールが狙われていると知る。

架空都市の犯罪組織を合法的法人に生まれ変わらせた大立役者・ロイが暗殺され、彼の隠し子が町に戻ってきたことから、裏社会でも対立が表面化、三すくみのブラックボックス争奪戦となる。ところが、犯罪組織・警察・窃盗団3グループ合わせると登場人物が非常に多岐にわたり、特に男性キャラは似た髪型で口ひげとあごひげ生やしていて区別がつきにくい。一方で、特命班メンバーの行動に少しずつ違和感を覚えるような伏線を配し、中盤のどんでん返しに持っていく力技には思わず膝を打った。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

さらにアショカと名乗っていたヒーローが偽装を解きアムリタとの仲がこじれるなど、ストーリーは予想外の方向に舵を切りっぱなし。インド映画らしく時々箸休めのように歌とダンスが挿入され頭の中で整理する時間が与えられるのだが、それでも3時間近い上映時間の間、あまりにも密に詰め込まれた情報量の多さにはたびたび置いてきぼりを食いそうになった。

監督  スジー
出演  プラバース/シュラッダー・カプール/マンディラー・ベーディー/ニール・ニティン・ムケーシュ/ジャッキー・シュロフ/チャンキー・パーンデーデー
ナンバー  70
オススメ度  ★★★


↓公式サイト↓
https://saaho.jp/

21世紀の資本

f:id:otello:20200402162938j:plain

ベルリンの壁崩壊で自由世界の勝利が確定づけられた。資本主義の未来も明るいものだった。だが、過当競争は新たな格差の原因となり、いまや革命前の欧州に似た一部の富裕層と大多数の貧困層に分断された社会になっている。映画は、ベストセラーになった経済学入門書を紐解き、多数の学者のインタビューと過去の映画の引用で分かりやすく解説する。18~19世紀、封建制度を転覆させても貴族に替わって銀行家や資本家が搾取する側に回っただけだった。第一次世界大戦で旧制度は消滅したが、国家主導の経済が軍国主義や排外主義を加速させた。そして第二次世界大戦後出現した中産階級が西側世界の繁栄を支える。ところがグローバル化が再び階層差を生み出す。圧倒的なナレーション量についていくのは基礎知識と集中力が必要だが、それでも難解な原作の要諦は理解できた。

18世紀の平均寿命は17歳。重税に苦しむ農民やその日暮らしの都市の住民は食べものも満足になく病気や怪我でも治療してもらえない。一方、人口の1%に過ぎない支配層は贅沢を楽しみ貧困層の命など一顧だにしない。

ウォール街」主人公の “greed is good” というセリフが30年たった今でも色褪せず、近年はGAFA等の巨大IT企業が税金逃れでそれを体現している現実。しかし全体の経済成長を重視する政府の方針のせいで、再分配はいきわたらず中間層が没落していく。さらに、中国が国家主導の資本主義というまったく斬新な形態で世界の覇権を握ろうとするなかで、西側先進国では“労働” の価値がますます低下する。働くよりも投資に回した方が金持ちになれる。投資するカネがある層はより一層富み、そうでないものは低賃金を強いられる。いかにも歪んだ社会ではあるが、それは民主主義が産んだ仇花でもあると訴える。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ごく少数の支配層が富を独占する社会構造を抜本的に改革するには革命か戦争しかないとピケティは断言する。ならば新型コロナウイルスが蔓延する2020年、それに匹敵する変革が起きるのではとこの作品は予感させる。

監督  ジャスティン・ペンバートン
出演  トマ・ピケティ/ジョセフ・E・ステイグリッツ/ケイト・ウィリアムズ/スレシュ・ナイドゥ/イアン・ブレマー/ジリアン・テット/フランシス・フクヤマ
ナンバー  69
オススメ度  ★★★


↓公式サイト↓
https://21shihonn.com/

世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ

f:id:otello:20200401102038j:plain

米国大統領との面談でもローマ教皇との謁見でもノーネクタイ、愛車はクラシカルなビートル、小さなアパートに妻と愛犬、農場のトラクターも自分で運転する。およそ国家の指導者とは思えない質素な暮らしを彼は実践する。カメラは、国民のために自己犠牲を厭わなかった大統領の公私に同行、彼がいかにして権力の座に就いたかを紐解いていく。元々は左翼ゲリラだった。銀行強盗や富裕層の誘拐を繰り返して資金を得るなど、武装闘争にも身を投じた。政治犯として長期間獄中で過ごした。それでも資本主義がもたらす搾取の構造に異を唱え続け、労働者のために政治家を志した。大統領に選ばれても少しも偉ぶらず、気軽に市民との写真撮影に応じ、時に批判的な商店主とつかみ合いのケンカをしたりする。そんな大衆的な人柄が非常に魅力的だった。

ユーゴスラビアエミール・クストリッツァ監督はウルグアイの大統領・ムヒカに密着取材を行う。クストリッツァの質問に、ムヒカは常に笑顔を絶やさず人を食ったような答えを返す。

2010年3月大統領に就任したムヒカは、先進国との経済格差について演説し、行き過ぎた自由主義経済に警鐘を鳴らす。大統領公邸には住まず、収入もほとんど寄付し生活は庶民のレベルと変わらない。シークレットサービスもついてはいるが、街中で有権者と触れ合うときもほとんど警護らしい警護はしない。彼自身、対人テロにかかわってきたのに、暗殺等の危険を感じないのだろうか。それとも、絶大な人気で政敵はいないことを誇るとともにウルグアイの治安は万全と言いたいのか。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

オリバー・ストーンキューバカストロ議長を対象にした「コマンダンテ」という映画があったが、このムヒカもカストロ同様、物質的な欲望は一切なく名誉を求めている風でもない。ただただ人民のために尽くす姿勢を貫いている。21世紀になってもいまだにこんな政治家はいる。国全体が貧しいからこそできる政策ではあるのだが、経済的成長よりも大切なものがあると彼の笑顔は教えてくれる。

監督  エミール・クストリッツァ
出演  ホセ・ムヒカ/ルシア・トポランスキー/エレウテリオ・フェルナンデス=ウイドブロ/マウリシオ・ロセンコフ/エミール・クストリッツァ
ナンバー  68
オススメ度  ★★*


↓公式サイト↓
https://pepe-movie.com/

ハニーランド 永遠の谷

f:id:otello:20200331173848j:plain

無人の荒野を歩き岩山を登り、切り立った崖の中ほどにある岩の隙間にできた蜂の巣から蜜を取る。人工的ではない、栄養がたっぷりと詰まった蜂蜜。映画は、森や山に蜜蜂が自発的に作った巣から蜜を採取・販売する女の日常に密着、資本主義によって侵食されていく大地を象徴的にとらえる。トレーラーに乗ってやってきたのは異国人の大家族、牛を放牧するだけでなく、大量の巣箱を持ち込んで養蜂を始める。半分は取るが半分は蜂のために残すヒロインとは違い、彼らはすべての蜜を蜂から奪う。大掛かりな装置と人海戦術、たったひとりで蜜を集める彼女は、指をくわえて見ているしかない。自然と共生してきた人間と自然を蝕む人間。地球の環境と人間の豊かな暮らし、大切にすべきはどちらであるかをこの作品は問う。

湧水を飲み薪や柴を燃料にする、電気も通っていない人里離れた村の石造りの家で働きながら母を介護するハティツェ。隣の敷地にトルコ人一家が引っ越してきたのを機に彼女の日常は俄かに騒がしくなる。

はじめのうちは良好な関係を築いていていた。家長の父に養蜂のコツを教えたりもした。彼にこき使われて嫌気がさした子供たちを慰めてやったりもした。ところがトルコ人たちは仲買人の要望で無理な負担を蜜蜂にかけ、そのせいでハティツェが管理する巣が全滅したりする。クレームをつけるが取り合わない家長。妻子を養うために目先の利益ばかり追う彼は、虫や家畜はカネを産む道具くらいにしか考えていない。文明の利器を持つ一団が先住民の生活と自然を破壊して収奪する。人類が何万回も繰り返してきた悲劇が現代でも起きている。ミニマルな現象を追いつつも、そんな人類の歴史を再現する。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

驚くべきはドキュメンタリーとしてオスカー候補になった事実だ。脚本があるかのごとく展開し、ハティツェの周りで起きる出来事は劇的だ。膨大なショットをつないで物語風に編集しているのだろう、ハティツェを取り巻く変化だけでなく、カメラはキャラの内面まで深く踏み込んでいた。

監督  リューボ・ステファノフ/タマラ・コテフスカ
出演 
ナンバー  63
オススメ度  ★★★★


↓公式サイト↓
http://honeyland.onlyhearts.co.jp/

デッド・ドント・ダイ

f:id:otello:20200330103355j:plain

地軸がぶれ月が奇妙な輝きを増す夜、死人たちは墓場からよみがえる。生前の記憶はわずかに残っているが心はなく、人に噛みついては肉を貪り食う。物語は、小さな田舎町に突如現れたゾンビに対峙する警官の奮闘を追う。老齢の警官は未曽有の事態に目を丸くしながらも職務を粛々と遂行する。まるで予想していたかのごとき若い警官は落ち着いて対処する。さらに、映画の知識でゾンビに対抗する若者や矯正施設の少年少女、森の浮浪者から日本刀を振り回す謎の美女まで、さまざまな人々がゾンビ禍の下でサバイバルを試みる。だが、日ごとに増えるゾンビは群れとなって人家を襲い、倒しても倒しても押し寄せてくる。ありきたりな結末なのか斬新なアイデアが用意されているのか、あまり登場人物の内面に踏み込まない抑制の効いた映像はいかにもジャームッシュ的だ。

ダイナーで内臓を食いちぎられた死体が発見され、警官のクリフとロニーは現場に向かう。ロニーはゾンビの仕業と断定、クリフと共に町を回り危機に備えるよう住民に告知して回る。

墓地だけでなく、留置場で死んだ老婆や葬儀社に安置されていた夫婦の死体までが次々と目を覚ましはじめる。ゾンビにとどめを刺すには頭部を破壊するか切断するか、一風変わった日本趣味を持つ葬儀社のゼルダは日本刀の一閃でゾンビの首を切り落とす。ゼルダに扮したティルダ・スウィントンの洗練された所作と刀の使い方は様式美に満ち、終末を迎えた世界に唯一の希望をもたらしていた。一方でパトロールに出た警察官たちは途中でゾンビたちに囲まれ、中には見知った顔もいるなか己を守るためにゾンビを狩り続ける。だが、圧倒的な数的不利で状況は絶望的、そこでロニーが見せたリアクションが映画的だった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

町は通信が途絶え孤立する。住民はパニックになる前にゾンビの餌食になり、ほどなくゾンビだらけになるだろう。人間が作り出した文明などいとも簡単に崩壊する、そんなメッセージは今日のコロナウイルス騒動を予言しているかのようだ。

監督  ジム・ジャームッシュ
出演  ビル・マーレイ/アダム・ドライバー/ティルダ・スウィントン/クロエ・セヴィニー/スティーヴ・ブシェーミ/ダニー・グローヴァー/ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ/イギー・ポップ/セレーナ・ゴメス/トム・ウェイツ
ナンバー  65
オススメ度  ★★★


↓公式サイト↓
https://longride.jp/the-dead-dont-die/

グランド・ジャーニー

f:id:otello:20190831182342j:plain

鳥になる。それは孵化を見守って “親” と認識されることから始まって、餌を与え、連れまわして歩いて危険なものを認識させ、水に導いて泳ぎ、一緒に空を飛んで進むべき方向を覚えさせるまで鳥と共に生活して、初めて成し遂げられる。物語は、渡り鳥の保護活動をする鳥類研究家と彼の息子の壮大な挑戦を追う。避寒地の南仏で生まれたひなたちが飛べるまで見守り、北極圏の営巣地に運搬車で運ぶ。そこから渡りのルートを学ばせるために、小型機で先導する。しかし、誰の許可も取っていない研究者たちは思わぬところで足止めを食う。地を這うようなアングルと上空からの視点、さらに雨雲の上から見た絶景。それら、鳥たちと同じ視線で主人公が見た光景を再現した映像は、自由という翼を得ようとする人間の願望を象徴していた。

ガンの渡り地を開発から守ろうとするクリスチャンは、息子のトマと共に卵からかえったばかりの雛を育て始める。雛は最初に見たトマが親だと刷り込まれ、彼の後をついて回るようになる。

ゲーム機ばかりいじっていたトマも、雛たちに羽が生え飛べるようになるころにはすっかりガンの親代わり。小型機の操縦を教えられると、解放感に浸り鳥と空に夢中になっている。やがて、クリスチャンとトマは、もう渡りに耐えられる大きさになったガンたちとノルウェイ北部の営巣地に赴くが、フランス当局の許可を得ていないのがノルウェイの監察官にばれ、計画を止められる。だが、トマをだれも止められない。大人たちの制止を振り切って大空に飛び立つトマの姿は、独り立ちから冒険が始まると訴える。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

スマホの電源を切ったトマは追跡を振り切り、フィヨルド沿いに南下する。心配する両親、ところが、母は半狂乱になってトマを探していたのに、少しずつ事情が理解できるようになるとトマを熱烈に応援する。トマの成長に応じて両親もまた成長する。そんな家族の愛がまぶしかった。自分を変える、そして世界を変えるには時にさび付いたルールを破る必要があるとこの作品は教えてくれる。

監督  ニコラ・バニエ
出演  ジャン=ポール・ルーブ/メラニー・ドゥーテ/ルイ・バスケス
ナンバー  51
オススメ度  ★★★★


↓公式サイト↓
http://grand-journey.com/051