こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

TOVE トーベ

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妻のいる男を愛してしまった。夫がいる女も愛してしまった。男は妻と別れたと言って求婚してくる。ところが、表現者同士共感しあえた女の柔らかい肌を体験してしまった後では、心は動かない。物語は、絵画・イラストから国際的アニメの原作者となったヒロインの愛と苦悩を追う。彼女が作り上げるのはやさしさに満ちた世界。だが、高名な彫刻家である父は芸術に対して厳しかった。一人暮らしを始めてやっと自由の意味を知った。そして様々な人々と交流するうちに、人間の心の奥では怒りや悲しみ、嫉妬や恐怖が渦巻いていることを学んでいく。当然それらは彼女の中にも芽生え、愛に満ちた人生を謳歌するにはそうした障害を乗り越えなければならない。「ムーミン」に描かれたファンタジックなメタファーは、理想の相手に性別は関係ないと訴える。

1944年ヘルシンキ、戦争の傷跡が残ったままのアパートを借りアトリエ兼住居にリフォームしたトーベ。パーティで知り合った議員のアトスをサウナに誘い、強引に関係を迫る。

その後トーベは、市長の娘で演出家のヴィヴィアンとも恋に落ちる。アトスは理解を示すが内心穏やかではない。いくら性に開放的な北欧とはいえまだ中欧やアジア太平洋地域では戦争が終わっていない時代、配偶者がいる男女と気軽にセックスを楽しむトーベの素行はかなり問題になっていたはず。そんなトーベに対し、彼女の父は直接クレームを口にせずあからさまに卑下した態度で不満を露わにする。トーベが自分を越える芸術的才能を持っていると期待しているのに、30歳を過ぎても目が出ない。伸ばそうとしないもどかしさもある。そんな父娘の葛藤がリアルに再現されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ヴィヴィカからパリに誘われるが、一歩踏み出す勇気がないトーベ。しばらくしてヴィヴィカは踊り子を連れて帰ってくる。トーベはそれを裏切りと解釈するが、準備していたパーティに2人を招く。その場で見せるトーベの複雑な表情は、感情こそが芸術の魂に血肉を与える最も重要な要素だと教えてくれる。

監督     ザイダ・バリルート
出演     アルマ・ポウスティ/クリスタ・コソネン/シャンティ・ルネイ/ヨアンナ・ハールッティ/カイサ・エルンスト/ロベルト・エンケ
ナンバー     178
オススメ度     ★★★


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https://klockworx-v.com/tove/

死霊館 悪魔のせいなら、無罪。

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聖書に右手を乗せて真実のみを語ると宣誓する。それは、法廷は神の領域と判事が認めているということ。ならば、悪魔の存在も否定しきれない。物語は、市民を惨殺した青年が “悪魔に憑依されていた” と主張、無罪を訴えた事件の真相を追う。根拠は有名な悪魔祓い師夫妻の情報のみ、彼らには警察がさじを投げた事件を解明した実績がある。青年とも過去の事件で知己を得て人となりは知っている。彼は正義感が強く本当に心身を乗っ取られていたに違いない。そう考えた夫妻は、推理を裏付けるために調査を開始する。悪魔祓いを受ける少年が身をよじらせた後サソリのように背中を曲げ足の間から顔を出すシーンは、サーカスの曲芸を見ているよう。「エクソシスト」の少女以上に強烈なインパクトを放つ。

除霊した屋敷の床下から悪魔崇拝のシンボルを見つけたロレインとエドは、犬舎管理人殺人事件の犯人・アーニーに黒魔術の呪いがかけられたと確信、類似事件を解決して警察の信頼を得る。

悪魔はなぜ人間に憑りつき超常現象を起こすのか。悪魔崇拝に詳しい元神父を訪ねたエドとロレインは、“悪魔はただ混沌と絶望を見たいだけ” という答えを得る。神を憎み、神を信じる人間に悪事を働くことで神の価値を貶めるのが目的。人間が恐れるからこそ、その心の隙に悪魔が入り込むのだ。小さな田舎町で育ったアーニーは信心深かったのだろう。恋人の弟が苦しんでいるのを黙って見ていられない。その自己犠牲が産んだ悲劇とはいえ、そこには邪悪さよりも卑屈な寂しがり屋という悪魔の一面しか見えてこない。悪魔の本質を知ると、そのスケールの小ささは恐れるに足らず。むしろ人間が抱く怒りや憎しみの方がよほど害をなすとこの作品は教えてくれる。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

やがて悪魔に魂を奪われた魔女の呪いが発動、収監中のアーニーの身に異常が起きる。さらに祭壇を巡ってロレインとエドがピンチに陥ったりする。短いショットとショッキングなサウンドで再現された映像は、ホラーの定石通りに感覚を刺激する。

監督     マイケル・チャベス
出演     パトリック・ウィルソン/ベラ・ファーミガ/ルアイリ・オコナー/サラ・キャサリン・フック/ジュリアン・ヒリアード
ナンバー     177
オススメ度     ★★*


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007 ノー・タイム・トゥ・ダイ

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愛した女と愛する女の間で揺れる男。もう汚れ仕事はしないと決心したのに、過去はどこまでも追いかけてくる。物語は、大量殺りく兵器を開発・販売しようとする組織と闘うスパイの奮闘を追う。テロリストのラスボスは、厳重警戒の刑務所に収監中なのにいまだに部下たちを遠隔操作している。さらに彼らを親の仇と憎む仮面の男。元上司が絡んでいる。同盟国の友人の頼みは断れない。心に深い傷を抱えたまま引退生活を送ってきた主人公は再び謀略と暗殺の世界に戻ってくる。“かつては敵とじかに対決できたのに、今は空中を漂っているよう” というセリフに、立場が違うそれぞれの正義が対立し合う21世紀の混迷が凝縮されていた。今や殺人兵器もターゲットに合わせてカスタムメイドされる時代、ナノレベルの攻撃方法がユニークだ。

DNAに反応するナノロボット型細菌兵器が奪われる。CIAからの依頼を受けたボンドはスペクターの集会に乗り込み、細菌兵器のカギを握る科学者を拉致、その後サフィンという黒幕の存在を知る。

マドレーヌとふたりで新しい人生を始めようとしていたボンド。だが、居場所がばれたことでマドレーヌを疑わざるを得なくなる。やっと安息を手に入れたと思っていたのに、やっぱり誰も信じられないスパイの哀しい性。一方で、殺し屋の娘という重荷を背負って生きてきたマドレーヌもまた少女の時に受けたトラウマから抜け出せない。ふたりが再会した時の、忘れたはずなのにかすかに残っていた未練に、お互いに火が付く気まずさが印象的だった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ただ、もうボンドに激しい肉弾戦は無理なのか、アクションは派手な銃撃と破壊がメインで切れ味に乏しい。爆弾の使い方もおかしいし。さらに、ブロフェルドの目となってボンドを狙う片目の殺し屋がいつの間にかサフィンの部下になる上、殺し屋と科学者の関係も理屈に合わない。また、カーチェイスはボディをぶつけるだけの大味な出来でまったく工夫がない。3時間近い上映時間を疾走する力業には敬服するが、時流に合わなくなってきているのでは。。。

監督     キャリー・ジョージ・フクナガ
出演     ダニエル・クレイグ/レイフ・ファインズ/レア・セドゥー/ベン・ウィショー/ジェフリー・ライト/アナ・デ・アルマス/デビッド・デンシック/ラシャーナ・リンチ/ラミ・マレック/クリストフ・ヴァルツ
ナンバー     176
オススメ度     ★★*


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https://www.007.com/no-time-to-die-jp/

茲山魚譜 チャサンオボ

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かつては王に進言できるほどの高官だった。宮廷内の主導権争いに敗れると重罪人扱いになった。物語は、宗教上の信念から小さな島に流刑になった男の後半生を描く。国のために尽くしてきたのに、送られたのはほとんどの住民が字を読めない漁村。だが、都市部では味わえなかった貝や魚に思わず舌鼓を打つ。島内なら自由に動き回れる利点を生かし、やがて彼はこの島で採取できる魚介類の研究に没頭するようになる。向学心旺盛な若者との出会いは、彼の好奇心にさらに火をつけ、人生の集大成としての博物誌に取り掛かる。奥深く端正なモノクロームの映像は、主人公の知的な一面を浮き上がらせ、行動が制限されていても心は自由であることを象徴する。その背中は、挫折は新たなチャレンジのチャンスでもあると教えてくれる。

先王の側近だったヤクチョンはキリスト教徒を理由に本土から遠く離れた黒山島に流される。そこは多種の海産物に恵まれ、親しくなった地元漁師・チョンデから名前と習性を教わる。

島にある書物を片端から読破するチョンデだったが、異教徒のヤクチョンとはそりが合わない。それでもヤクチョンの深い蘊蓄と開明的な態度に心を開いていく。まだ古典にも触れていないチョンデに、ヤクチョンは「大学」の解釈から始める。そのあたりのヤクチョンとチョンデの関係は「イル・ポスティーノ」を想起させる。知識を得ることで視界を飛躍的に広め、世の中を俯瞰してみる能力を身に着けるのだ。教育こそが貧困から脱出するいちばんの近道なのは、19世紀初頭の朝鮮でも同じ。チョンデが貴族と絶句を競うシーンは、言葉と比喩の応酬が “詩のボクシング” のようにスリリングだった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

チョンデの進歩は目覚ましく、不在だった父から科挙を目指せとアドバイスされる。一方で、官吏になるのはキリスト教を否定につながる。十数年に渡って築き上げられた師弟間の情に葛藤するヤクチョンとチョンデ。良好な人間関係も永遠には続かない、だからこそ今を大切にして生きろとこの作品は訴える。

監督     イ・ジュニク
出演     ソル・ギョング/ピョン・ヨハン/イ・ジョンウン/リュ・スンリョン
ナンバー     174
オススメ度     ★★★*


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https://chasan-obo.com/

エイト・ハンドレッド戦場の英雄たち

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銃声に怯え爆音に震え敵の攻撃が始まったら逃げ出してしまう。幸いにも味方と合流できても、今度は脱走兵と間違われ厳しい処分が待っている。どちらに転んでも地獄、ならば思い切った行動を取り運を天に任せるしかない。物語は、日中戦争での激戦を描く。小さな倉庫に立てこもった寄せ集め部隊、指揮官の士気は高いが現場の兵士は腰が引けている。敵は装備も充実した精鋭。ひとりまたひとりと倒されていくが、川に阻まれて撤退できない。そして対岸は電飾鮮やかな別世界、金持ちと欧米人が熾烈極まる戦闘をレジャー気分で傍観している。中国でありながら中国ではない、1930年代当時の上海の奇妙なポジションが非常に興味深かった。中国人のプライドを示すために国民党旗を死守するシーンは、共産党から検閲を受けなかったのかと余計な心配をした。

四行倉庫の守備を命じられた公称800人の中国国民党軍は、日本軍を迎え撃つ準備をする。初日は日本軍の猛攻をなんとか退けるが、捕虜が日本軍のさらし者にされ、報復に日本兵を処刑する。

その後も闘いは熾烈を極め、日本軍は水路から決死隊を送り込んできたり、国民党軍は手榴弾を抱えて自爆攻撃を仕掛けたりと、双方命を惜しまない。一方で、国民党軍の中には死の恐怖に苛まれながら銃弾から逃げ回っている者もいる。英雄なんかどこにもいない、ただ少しでも早く決着をつけようと踏ん張っているだけ。それでも、国民党兵士たちは徐々に自分たちの戦う意味を見出していく。死を覚悟して戦い抜く者、生き残る道を模索する者、故郷に思いをはせる者、立てこもった兵士たちは消耗品などではなく、彼らすべてに感情があり思い出があり愛する人がいる人間であるとこの作品は訴える。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

日本兵ステレオタイプの悪人ではない。国民党兵も祖国への思いは様々。ところが、高みの見物を決め込んでいた対岸の中国市民が物資を国民党軍に補給し始める。欧米人もそろそろ止めなければと真剣に考え始める。イデオロギーや感動を押し付けない姿勢に好感が持てた。

監督     クワン・フー
出演     ジャン・ウー/チャン・イー/ワン・チエンユエン/ホアン・チーチョン/オウ・ハオ
ナンバー     157
オススメ度     ★★★*


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https://hark3.com/800/

クーリエ 最高機密の運び屋

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指導者の精神状態は常軌を逸している。このままでは全面核戦争が起きる。止められるのは「敵」だけ。物語は、祖国の機密情報を敵対陣営に売り渡そうとする高官と、彼の情報を運ぶセールスマンの葛藤を描く。セールスマンは政府機関の職員ではない素人だから疑われない。高官も偽装した身分で彼に接触し、資料を手渡す。室内ではどこにいても盗聴されている。屋外では誰からも見張られている気がする。緊張と重圧に押しつぶされそうになりながら、己のやっていることが正しいと信じる彼らの姿は、小さな個人の勇気でも世界を変えられると教えてくれる。電子機器などなかった時代、書類を撮影したマイクロフィルムは手渡しするしかなかった。アナログな手法だが、現代なら秘密を守るにはかえって好都合なのではと思える。

ソ連の高官・オレグが米国に送ったメッセージを受け、MI6から依頼を受けたグレヴィルがモスクワに飛ぶ。2人はビジネス名目で接触、裏切り者とスパイの立場だったがすぐに打ち解けていく。

オレグはフルシチョフと面識があるほどのVIP。安全保障上の機密にも接触する権限がある。彼が持ち出すのは核兵器とミサイル配備に関する、米国が喉から手が出るほど欲しがっていた資料。グレヴィルは薄々感づきながらも自分の安全を守るため気づかぬふりを通している。何度も面談を重ねるうちに2人は固い信頼関係を結んでいく。その過程はスリリングかつサスペンスフル、命がけで行動を共にした男たちだけが得られる共犯意識こそが深い友情につながることを象徴していた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

やがてキューバ危機が勃発、オレグが持ち出した写真をもとに米国は強硬な姿勢を貫く。核戦争は回避されるがMI6はオレグを見捨て、義憤に駆られたグレヴィルとCIAの女工作員が彼を救出に向かう。最初から汚れ仕事だった。バレたら処刑されるとわかっていた。それでも、誰かを救うためという信念を貫いた彼らは美しい。骨と皮だけになるまでやつれた肉体がグレヴィルの苦悩と精神力をリアルに体感させてくれる。

監督     ドミニク・クック
出演     ベネディクト・カンバーバッチ/メラーブ・ニニッゼ/レイチェル・ブロズナハン/ジェシー・バックリー/アンガス・ライト
ナンバー     173
オススメ度     ★★★*


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総理の夫

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空港に降り立った途端、レポーターに囲まれた。広報官と名乗る女に無理やりクルマに押し込められ、勝手な行動はするなと申し渡された。物語は、妻が総理大臣になった男の、戸惑いと葛藤を描く。政治の世界には全く興味がないのに自分までVIP扱いされる。それでも、日本を住みやすい国に変えようと日々身を粉にして働いている妻の足を引っ張りたくない。一方で、大好きな研究が疎かになるのは我慢できない。もはや「総理の夫」として、普通の人のような自由はない。仕事と家庭の二者択一を迫られた男は、初めてだらけのことにいちいち驚き、なんとか解決しようと努力する。女性の社会進出をさらに促すには、夫の理解が必要なのは理解している。だが、いざ当事者になると慌てふためく男のエゴがドタバタ調で綴られる。

出張から戻ってきた日和は妻の凛子が総理大臣になったと知らされる。環境が急激に変化した上あちこち引き回された日和は疲れ果て、屋敷の玄関で寝てしまう。凛子は日和をやさしく見守る。

豪邸から総理公邸に引っ越した日和。あらゆるところに監視カメラが設置されていて、プライバシーはない。勤務先の鳥類研究所へは広報官が送迎し、日中の行動はGPSアプリ入りスマホで管理されている。凛子の政権は権力基盤が弱く連立与党頼み。早速、日和はスキャンダルのネタにされて脅される。ところが、凛子は思わぬ神対応を見せ敵対者すら味方につけてしまう。どんな時でも決して感情的にならず、相手の顔を立てながら己の意志を通す凛子。こんな指導者なら成熟した社会にふさわしいと思えると同時に、彼女の微笑には有無を言わせぬ威圧感があった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ただ、日和に降りかかる出来事が誇張されすぎていて正視するのがつらい。田中圭のファンを対象にしているにしても少しやりすぎではないか。クライマックスの大熱弁は、大上段に構えた正論にもかかわらず、確かに彼の口から出ると共感を得られやすい。ならば、予定調和的ではなく、もう一歩踏み込んだ結末を用意してほしかった。

監督     河合勇人
出演     田中圭/中谷美紀/貫地谷しほり/工藤阿須加/ 松井愛/木下ほうか/片岡愛之助/嶋田久作/余貴美子/岸部一徳
ナンバー     172
オススメ度     ★★


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