こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

彼女が好きなものは

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ゲイであることを隠している少年とBL好き腐女子であることを知られたくない少女。同じクラスの彼らはふとしたきっかけで話すようになり、付き合い始める。物語は、他のクラスメイトに対して明らかに異質で、劣等感を抱いているふたりの奇妙な恋愛を描く。自分の周りに見えない壁を築き人の気持ちに鈍感だった少年は、少女の告白を受けたことから彼女とデートを重ねる。中年男に抱かれる日々よりは、変わっているけれどそれなりにかわいい女子と普通に交際したいと願う彼は、彼女と関係を持とうとするが、やっぱり体は反応しない。友達からキモいと思われるのは覚悟できている。だが、気を使って平気なふりをされるのはもっとイヤ。そんな悩みを抱えて生きる高校生の繊細な感情を神尾楓珠は抑制の効いた演技で再現していた。

BL漫画を買ったところを純に見つかった紗枝は彼のナイーブな面持ちに惹かれる。純も紗枝に居心地の良さを感じ徐々に打ち解けていくが、やっぱり同性愛者であることは言い出せない。

中年男と付き合っている純は、女子の微妙な心理には疎く、紗枝との会話はかみ合わない。それでもイケメンの純に対しグイグイ押しまくる紗枝。“彼女が好きなのはぼくであってホモではない” とわかっていても、なかなかカミングアウトする勇気はない。一方で、仲のいい友人たちも紗枝との恋を応援してくれている。学校でも家でも “平凡” を演じている純が、中年男に抱かれている時は自らを解放しているのかというと、そこでもなにか鬱屈したものを抱えている。どこにいても満たされない生きづらさが純の背中からにじみ出ていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

同性愛者であるとバレたことから純は教室の窓から飛び降りる。学校では性的属性について生徒間で話し合われ、個人の自由を尊重すべきというコンセンサスが共有される。そして紗枝の大演説。高校におけるLGBTQ議論に一石を投じた作品だった。親友の亮平が、前半あまりにもうざく絡むので辟易したが、それが純を救う伏線だったという構成も洗練されていた。

監督     草野翔吾
出演     神尾楓珠/山田杏奈/前田旺志郎/小野雄介/池田朱那/渡辺大知/三浦透子/山口紗弥加/今井翼
ナンバー     165
オススメ度     ★★★*


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ボクたちはみんな大人になれなかった

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出会いは文通だった。音楽の趣味が合い手紙が届くのが待ち遠しかった。そして初めてのデート。「WAVE」の袋を目印に待ち合わせるふたりが初々しい。物語は、忙殺される毎日を送るうちにすっかり中年になった男のほろ苦い回想を描く。本気で作家を目指した時期もあったけれど、気のきいた文章が書けなかった。彼女の “大丈夫だよ” という言葉を糧にキーボードに向かうがすぐに集中力は切れる。結局単価の安い流れ仕事を大量にこなすことで食いつないできた。夢なんかとっくにあきらめた。そもそもなかったのかもしれない。恋人たちは去っていった。友人たちとも疎遠になった。あるのは青春の残滓のような記憶ばかり。後悔しているわけではないけれど、普通にしか生きられなかったふがいなさが主人公の背中に張り付いていた。

2000年の正月、かおりと別れた佐藤は、その後パッとしない人生が続く。パーティで知り合った女に「子供のころ今の自分になりたいと思った?」と問われても答えは出ない。

2020年を起点に佐藤をめぐるエピソードは時をさかのぼっていく。21世紀になってからの佐藤は社会人としてそれなりに実績を上げていたのだろう。婚約者に去られるほど仕事に追いかけられ、気づけばひとりになっている。通信手段がスマホからガラケーそしてポケベル・公衆電話さらに手紙と逆行していく過程は、便利さと引き換えに人間が失っていったものを教えてくれる。いきなりかおりに呼び出された佐藤は、たまった注文を全部同僚に任せて目的地のないドライブに出かける。「どこに行くかじゃなくて誰と行くかなんだよ」とかおりは言う。まだおぼろげな将来像しか見えない若者の葛藤と逡巡、だがそれすら美しい思い出に変える人間の心理がリアルに再現されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

コロナ禍で閉塞的な空気が漂う夜、佐藤は古い友人と再会する。普通でない彼は絶望し、普通の佐藤はなんとか生きている。普通を否定しないけれど、どこかではみ出していたかった。佐藤のつぶやきは、それでも人生は普通に続くと訴えていた。

監督     森義仁
出演     森山未來/伊藤沙莉/東出昌大/SUMIRE/篠原篤/萩原聖人
ナンバー     204
オススメ度     ★★★


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リスペクト

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父は大好きだった。でも束縛されるのは嫌だった。当てつけに父の反対を押し切って結婚したけれど、夫は父以上に彼女を支配下に置こうとした。このままでは魂が死んでしまう。。。物語は、天才的な歌声で20世紀米国黒人音楽の頂点に君臨した女の半生を描く。幼いころから人前で美声を披露し聴衆を魅了してきた。聖職者である父のスピーチに同行し、信者の前で歌うのは神の祝福を一身に受けているようで誇らしく思えた。だが、成長後大都会に出てプロの歌手になると、男たちの様々な思惑に振り回される。センスは抜群なのに、目指すべき歌の道が見つからない。試行錯誤を繰り返すうちに、実生活での葛藤こそがテーマと見定める。“黒人” で “女性” という二重に抑圧されたヒロインが自由への渇望を高らかに歌い上げるシーンには圧倒された。

スカウトされてNYのレコード会社と契約したアレサは、なかなかヒット曲に恵まれず悶々とした日々を送っていた。ある日、先輩歌手から自分のスタイルを確立させろとアドバイスされる。

父はキング牧師の支持者でもあり、アレサも人種問題について思うところがある。一方、夫となったテッドは極端な反差別主義者で、白人プロデューサーとのちょっとした言葉尻を曲解しては難癖をつける。むしろ黒人の立場を利用して白人を食い物にする意図が透けて見える。差別されてきたことを武器にリベラルな白人に対して有利な条件を勝ち取ろうとする戦術なのだろうが、これでは長続きしないだろう。このあたりの人種差別問題の複雑さが印象的だった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

テッドはアレサに暴力を振るうようになり彼女の家を追い出される。そのころからアレサの孤独は深まり、アルコールが手放せなくなってバックコーラスを務める姉妹にまで傲慢な態度をとったりする。白人のメイドをこき使っているのも、彼女の白人に対する意趣返しなのか。そんな、歌手としての道のりだけでなくプライベートの毀誉褒貶にまで踏み込んだ脚本は、彼女の歌の意味をより深く理解させてくれた。

監督     リーズル・トミー
出演     ジェニファー・ハドソン/フォレスト・ウィテカー/マーロン・ウェイアンズ/オードラ・マクドナルド/マーク・マロン/スカイ・ダコタ・ターナー/メアリー・J・ブライジ
ナンバー     203
オススメ度     ★★★


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アンテベラム 

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広場には米国南北戦争時の南軍旗、メイド服を着た黒人女たちが真っ白なシーツを干している。畑では兵士に監視されながら黒人たちが黙々と綿花を摘んでいる。脱走を試みた黒人はなぶり殺しにされ焼却炉で処分される。白人兵たちの黒人への目を覆うような仕打ち。物語は、自由を奪われ強制労働させられる女と、人権派人気作家の運命を描く。労働中の私語は厳禁、破った者は有無を言わさず殴られる。南軍の祝勝会では、兵士たちは気に入った黒人女に夜の相手をさせる。黒人たちに人間としての尊厳は一切認められず、白人兵に命令されるがまま従うしかない。時に理不尽な暴力にさらされ命を失う者もいる。米国にかつて存在した悪夢のような制度を再現した映像は、黒人奴隷たちひとりひとりにも人生があったことを思い出させてくれる。

新たにプランテーションへ送り込まれたエデンは、将校服を着た白人に暴行された上に背中に烙印を押される。しばらくおとなしくしていたエデンだったが、密かに脱出のチャンスをうかがっていた。

スマホの着信音で目覚めたヴェロニカは人種問題を批判する新作も好評で、支持者からは圧倒的な賛辞を受ける。一方で意地悪そうな白人の取材を受けたりするが、嫌味な発言には慣れっこなのか軽く受け流す。講演旅行で訪れたホテルのコンシェルジュやレストランのウエイトレスなど、まだまだ黒人に対して明らかに見下した態度をとるが、21世紀になってもいまだにこういう人々が生き残っていることに驚きを隠せない。遠回しな嫌がらせではなくわかりやすい差別。ヴェロニカの友人の太った黒人が反論する姿は、偏見はひとつずつ指摘しなければ改まらないと教えてくれる。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

やがて、エデンとヴェロニカの関係が明らかになっていくが、それはM・ナイト・シャマランも真っ青の大どんでん返し。ただ、その設定はかなり無理があり、してやられたというより悪趣味な感じしか受けなかった。いかに偏執狂でも、あそこまで手間暇かけてコスプレをするのはリアリティに欠ける。

監督     ジェラルド・ブッシュ/クリストファー・レンツ
出演     ジャネール・モネイ/エリック・ラング/ジェナ・マローン/ジャック・ヒューストン/カーシー・クレモンズ/ガボリー・シディベ
ナンバー     202
オススメ度     ★★


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エターナルズ

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人類に知恵と文明を与え、その進歩を見守ってきた。その結果、人類が戦争と殺戮を繰り返しても、介入は許されずただ傍観するだけ。物語は、宇宙由来の能力者たちの葛藤を描く。人類を邪悪な怪物から守るためにだけ闘ってきた。怪物の絶滅で存在価値はなくなりチームは解散、一市民として社会に溶け込んでいる。しかし、数百年ぶりに怪物がよみがえると再びメンバーが集結する。ところが、強力なリーダーは不在で、新しいリーダーは力不足、個性豊かなメンバーを統率できないままさらなる危機が襲ってくる。人類に対しては神のように振舞ってきてその自覚もあったのに、突然知ってしまった衝撃の真実。自分たちはいったい何者なのかとアイデンティティクライシスに陥るヒーローたちの苦悩が新鮮だ。

死滅したはずのディヴィアンツがロンドンに現れ、セルシ、イカルス、スプライトの3人が撃退する。彼らは世界各地に散らばったエターナルズを招集するためリーダーのエイジャックを訪ねる。

エイジャックは死体で見つかり、セルシがリーダーを継ぐが、彼女の能力ではディヴィアンツに対抗できない。戦闘能力にたけたイカルスはセルシのために命を張るが、元恋人同士ということもあり微妙な距離感。そんな関係のまま世界に散らばった残りのメンバーを説得して回る。その間もディヴィアンツの襲撃を受けるが、CGが踊りまわっているという感じ。ディテール豊かに描き込まれるほど、その情報量の多さがかえってリアリティを損なっているという逆説的な映像になっている。筋肉男の “口噛み酒” はいくら美味でもやっぱり遠慮したい。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

生き残った8人のエターナルズはディヴィアンツとの最終決戦の前に、自分たちを作った存在からの声を聴く。超人と呼ぶべきパワーを持つ彼らもさらに上の階層の手駒でしかない。より良い宇宙のために人類を犠牲にすべきか、それとも人類を守るべきか。性別・人種・性的指向・障害者etc. 多様性に満ちたメンバー構成もまた、答えのない問いを発していた。

監督     クロエ・ジャオ
出演     ジェンマ・チャン/リチャード・マッデン/アンジェリーナ・ジョリー/サルマ・ハエック/クメイル・ナンジアニ/リア・マクヒュー/ブライアン・タイリー・ヘンリー/ローレン・リドロフ/バリー・コーガン/マ・ドンソク
ナンバー     201
オススメ度     ★★*


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ハロウィン KILLS

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子供たちがはしゃぎ大人たちはお祭り騒ぎの夜、その男はどこからともなく現れ、無差別に無慈悲に彼らを切り裂いていく。物語は、地獄の炎の中から復活した連続殺人鬼と戦う人々の人間模様を描く。ナイフで切り付けても突き刺しても怯まない。銃弾を何発ぶち込んでも死なない。元は不幸な生い立ちの少年だったのだろう。だが、自分を取り巻く環境への恨みが、彼を純粋な邪悪に育て上げ不死身の怪物にしてしまった。その恐怖は伝説となり、住人の記憶に深く染みついている。もはや和解も更生もない。怒りと憎悪をぶつけ合う過程は、暴力をふるう者には多数が協力して腕力で押さえつけるしかないと訴える。マスクの下の表情が読めない大男は、圧倒的な経済力で世界の市場と政治的秩序を乱し続ける中国のメタファーなのだろうか。

炎のトラップにブギーマンを追い込んだローリーは、火事現場で消防隊が全員惨殺され、ブギーマンが逃走したと知る。ブギーマンは自宅に戻る道中で出会った市民を見境なく血祭りにあげていく。

町では住民が病院に立てこもり、ブギーマン捜索隊が組織される。ところが、素人が手にする武器などブギーマンにはまったく通用せず、ひとりまたひとりと返り討ちにあう。ブギーマンは特に身体能力に優れているわけでもなく、ナイフを相手の体に突き立てるだけ。特に音響や音楽で驚かすわけでもなく、淡々と殺し続けるブギーマンの姿は孤独や絶望といった感情すら感じさせず、理解の範疇を越えた存在故の崇高さがうかがえた。濡れ衣の男を追い詰める群集心理の方がよほど恐ろしい。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

やがて捜索隊に包囲されたブギーマンは袋叩きにされる。殴られ蹴られ地面にはいつくばってもなお踏みつけられるブギーマン。集団リンチしたうえで死刑にしたい捜索隊の気持ちもわかる。それでも、憎しみに駆られた群衆がたったひとりをなぶり殺しにしようとする画はあまり愉快にはならない。まあ、ブギーマンはこの程度ではくたばらないことが明快だから、奇妙な安心感はあったが。

監督     デビッド・ゴードン・グリーン
出演     ジェイミー・リー・カーティス/ジュディ・グリア/アンディ・マティチャック/ジェームズ・ジュード・コートニー/アンソニー・マイケル・ホール
ナンバー     200
オススメ度     ★★*


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モーリタニアン 黒塗りの記録

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テロリストの親玉から1度電話を受けただけ。敵意と不寛容がむき出しの時代、圧倒的な権力によって自由も人権も奪われた男は、もはや魂の抜け殻のようになっている。そして誰も信じられない中で、一縷の望みを弁護士に託す。物語は、同時多発テロを起こした組織の幹部と疑われて逮捕された青年の十数年に渡る苦難を描く。時に寒すぎる部屋で睡眠を奪われ、昼間は露天の囲いの中で暑さを我慢しなければならない。さらに目をそむけたくなるような拷問の数々。一方で、良心に基づいて彼を助けようとする弁護士もいる。彼の無罪を証明する手段は乏しい、しかし、検察側にも決定的な証拠がない。弁護士と軍検察官それぞれの立場で己の信じる「正義」を主張する姿は、米国にはまだ自由を信じ守り抜こうとする信念の人々がいることを教えてくれる。

ハイジャック実行犯をリクルートした容疑でグアンタナモに収容されているスラヒの弁護を引き受けたナンシー。関係当局に資料を請求しても黒塗りの文書が返ってくるだけだった。

奨学金を得てモーリタニアからドイツに留学の経験があるスラヒ。英語はしゃべれなかったのに、看守との会話や尋問中に浴びせられた言葉からいつしか身に着けている。さらにナンシーに長文の手紙を書くなど、書き言葉までマスターしている。隣房のフランス人の助言とはいえ、敵の言葉と考え方を理解しようとし、なんとかチャンスを探るスラヒ。英語の習得は彼に生きる目的を与えたはず。絶望的な状況下でも、すべきことを見つければ、人間としての尊厳は守れると彼の行為は訴えていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

軍検察官のスチュアートはスラヒを有罪にしろと厳命を受けている。ところが、彼もまた調査を進めるうちに真実が隠蔽されていると気付く。確かに米国の司法制度もまだまだ問題は多い、だが、過去をきちんと検証し間違いは正していく自浄作用がある分、米国はまだ恵まれていると感じた。拷問の中に「強制性交」があったが、そんなことをしたがる女性兵士もいるのが驚きだった。

監督     ケビン・マクドナルド
出演     ジョディ・フォスター/タハール・ラヒム/ム ザカリー・リーバイ/シャイリーン・ウッドリー/ベネディクト・カンバーバッチ
ナンバー     199
オススメ度     ★★★*


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https://kuronuri-movie.com/