こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ミュジコフィリア

f:id:otello:20211124115020j:plain

「未聴感」。新たに作曲された音楽において、それを聞いた者が斬新さを覚える旋律なり曲想をいうのだろう。全体としては耳になじむメロディでそれなりにまとまっているけれど、過去の名曲のいいとこ取りで作曲者のオリジナリティが感じられない作品は、やはり現代音楽として評価されない。物語は、芸術大学の音楽サークルに入った新入生が奇天烈な先輩や理解ある先生、恋や異母兄弟との葛藤を経て成長していく過程を追う。もちろん音楽の基礎は叩き込まれるが、その後の応用は自分次第。正統派の交響曲から音楽と呼べるのかどうかわからないパフォーマンスまで、音楽を自由に解釈する若者たちの、まだ実績もないのに己の才能を信じて突っ走る姿は、青春モノの定番とはいえとても楽しい。たおやかな賀茂川の流れはアートとの親和性がいい。

京都の芸術大学に入学した朔は現代音楽研究会に勧誘され、封印していたピアノの才能に火が付く。一方、博士課程在学中の異母兄・大成は新曲でコンクールにエントリーする。

美術専攻なのにいつの間にか音楽にどっぷりはまっている朔。単位はとか転部してはとか心配するが、本人も周囲も全く意に介さない。芸大らしい “やりたいことは突き詰めてやれ” という方針なのだろう、朔は変人の青田に引きずられるままに音楽の世界に浸っている。他の登場人物もそれぞれが課題と創作に打ち込む。ピアノ、弦楽器、作曲、歌唱と表現方法は様々だが、共通しているのは聞く者の心に少しでも爪痕を残そうという工夫と努力。まだアーティストとも呼べない彼らの感性は未熟だが情熱にあふれていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

朔と大成は過去の因縁から距離を置いている。現時点では圧倒的に大成の方が洗練されているが、音感に恵まれた朔は即興で人を虜にするメロディを紡ぎだしたりする。天才も変人も努力家もエゴイストも、みな自らの感性を信じ無限の可能性に向かって進む。そんな若者たちの背中は希望に満ちていた。ありふれた設定でぎこちない展開ながら、若いエネルギーがほとばしっていた。

監督     谷口正晃
出演     井之脇海/松本穂香/山崎育三郎/川添野愛/阿部進之介/石丸幹二/濱田マリ/神野三鈴/辰巳琢郎
ナンバー     214
オススメ度     ★★★


↓公式サイト↓
https://musicophilia-film.com/

パワー・オブ・ザ・ドッグ

f:id:otello:20211122141808j:plain

見渡す限りの平原、その先には低い山並みが続いている。鉄道網が伸び自動車が普及し始めた時代でも、フロンティアの面影を残す米国西部の雄大な風景が圧倒的な余韻を残す。物語は、牧場経営者の弟の元に嫁いできたシングルマザーと義兄の葛藤を追う。カネ目当ての結婚と義兄は彼女を毛嫌いし、露骨に嫌味な態度をとる。ホテルの女将だった彼女は相談相手もおらず、酒に溺れる。そして夏休みの間牧場に滞在する彼女の息子は、母の様子を見て静かに決意を固めていく。多用される長回しのショット、その中で登場人物が見せる思わせぶりな視線、感情を逆なでする不穏な音楽etc. 何かが起こりそうな予感を漂わせる映像には終始緊張感を強いられる。ひとりの女が男の悪意に押しつぶされていく過程がリアルに再現されていた。

ジョージと結婚したローズだったが、フィルの執拗な嫌がらせに耐えかねバーボンに手を出す。ローズの息子・ピーターがローズのそばに戻ってくると、フィルの関心はピーターに移る。

フィルはイェール大卒のインテリ。さらにローズがピアノで「ラデツキー行進曲」の練習をしていると、バンジョーで伴奏するなど音楽の才能を見せたりする。にもかかわらず、ローズや先住民に対する偏見は隠さないし、知事夫妻が訪問しても身なりを整えようともしない。女への性的興味より、荒くれ者のように振舞うことが男らしさと思っている。ところが貧弱な肉体ながら繊細な感性を持つピーターに対しては、嫌がらせをしていても一線を引いているよう。伝説のカウボーイへの崇敬の念を常に口にするフィルは、彼を理想としながらもどこかでピーターのような感受性豊かな人間に憧れている。そんなフィルの複雑な心境を、ベネディクト・カンパーバッチが熱量高く演じていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

秘密を知られたことから、フィルはピーターを懐柔しようとする。だが、ローズを酒浸りにしたフィルを、ピーターは許せない。準備には時間をかけチャンスが来るのを待つ。復讐に必要なのは忍耐だとこの作品は訴える。

監督     ジェーン・カンピオン
出演     ベネディクト・カンバーバッチ/キルステン・ダンスト/ジェシー・プレモンス/コディ・スミット=マクフィ
ナンバー     213
オススメ度     ★★*


↓公式サイト↓
https://www.netflix.com/title/81127997

ボス・ベイビー ファミリー・ミッション

f:id:otello:20211119200505j:plain

幼いころはあんなに甘えてくれたのに、今ではすっかり敬遠されている。でもパパとして、娘の危機にはやっぱり一肌脱がずにはいられない。物語は、スマホアプリで世界征服を企む悪党ベイビーと、彼を阻止するために若返った兄弟の戦いを描く。中身は大人のままで外見だけが赤ちゃんや小学生になるという設定には驚かなくなったが、もう二度と戻れない子供時代へのノスタルジーはこの作品でも強烈。何も心配せずに目の前の楽しいことに集中できた時間の大切さを訴える。ところが、現代の教育システムでは勝ち組になることが最優先され、子供たちは学校で厳しい競争にさらされている。そんな社会で人間は本当に幸せになれるのか。兄弟で無邪気にじゃれ合ったり家族と過ごしたりした思い出、あたたかい感情が詰まった記憶こそが人生を豊かにするこの作品は訴える。

次女でまだ乳児のティナからアームストロング校長の陰謀を聞かされたティムとテッドは、若返りのミルクを飲む。ティムは長女・サビナのクラスに、テッドは乳児クラスに転入する。

もうキスもしてくれないほど大人びたサビナに、ティムは友人として接近する。家では見せないやさしい一面を知り、自分の育て方は間違っていなかったとホッとする。一方で、サビナは専業主夫に収まっていたティムより大企業のCEOになった叔父・テッドを尊敬しているなど事情は複雑。このあたり、愛に満ちた家庭か社会的経済的成功か、人生の目指すべき道はひとつではないと選択肢を示す。米国の強さの秘密は、10歳ぐらいで将来の目標を決め、チャンスは与えられるがあとは個人の努力次第というところにあるのだろう。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

優等生のサビナは致命的な音痴。それを矯正するためにティムは彼女のためにギターをつま弾き緊張しない発声法を指南する。そして発表会本番、アームストロング校長の計画が発動し、ティムとテッドはサビナを歌わせるか世界を救うかの二択を迫られる。個人と全体のどちらを優先すべきか、正解はない問いをこの作品は見る者に突き付ける。

監督     トム・マクグラス
出演     アレック・ボールドウィン/ジェフ・ゴールドブラム/アリアナ・グリーンブラット/ジミー・キンメル
ナンバー     210
オススメ度     ★★★


↓公式サイト↓
https://gaga.ne.jp/bossbaby/

ファイター、北からの挑戦者

f:id:otello:20190930102446j:plain

天井からぶら下がったサンドバッグを見つめているうちに、つい拳を突き出してしまった。その瞬間、真面目に、おとなしく、息をひそめるように生きてきた彼女の中で眠っていたファイターの魂に火が付く。物語は、ボクシングにのめりこんだ脱北者が、本当の自分を探そうともがく姿を描く。政府は初期の支援はしてくれるが、その後の面倒は自分で見なければならない。話し相手はブローカーだけ、世話役は追い払った。そんな時見つけた、己の心を全開にしてくれる時間。ヒロインは、仕事を掛け持ちしながらも、早朝の街を走りジムでトレーニングに励む。アップを多用したハンディカメラの映像は表情をほとんど変えない彼女の感情を細部まで深くとらえ、わずかな視線の揺れが繊細な気持ちの動きを再現していた。

ボクシングジムの清掃係に雇われたジナは、トレーナーのテスに声をかけられボクシングを習い始める。ジムの館長も彼女の才能に目を見張り、本格的なトレーニングを彼女に課す。

ボクシングを始めたからといってすぐに性格が変わるほどジナは単純ではない。北での苦労、母に捨てられた恨み、中国で捕まった父……。さまざまな思いが交錯し、戦っている時だけ純粋に自分のことに没頭できるのだろう。テスに誘われて遊園地に行ったとき、はじめて若い娘らしい笑顔を見せる。飢える心配はなくなっても、今度は生きるために自分から行動を起こさなければならない。偏見とも逃げずに戦う。そんな脱北者の現実がジナの眉間に凝縮されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ただ、プロを目指すというジナが血のにじむような特訓をこなしている過程は描かれず、男子ボクサーのように鍛え上げた筋肉を披露するわけでもない。肉体的な変化で精神的な成長を表現できるのに、そこを省略したのは残念だ。一方で、カメラはひたすら長いショットを多用して、彼女の内なる葛藤を浮き上がらせようとするが、やはりボクシングは闘争本能をむき出しにするものだと思う。接近戦中に客席に気を取られパンチをもらうなどとはもってのほかだ。

監督     ユン・ジェホ
出演     イム・ソンミ/オ・グァン/ペク・ソビン
ナンバー     209
オススメ度     ★★


↓公式サイト↓
https://fighter-movie.com/

恋する寄生虫

f:id:otello:20211117083048j:plain

モノや他人に触れた手を何度も洗わなければ気が済まない。原形をとどめていない食べ物を口に入れると戻してしまう。物語は、極度の潔癖症ゆえに社会から孤立して生きてきた男が視線恐怖症の少女と恋に落ち、その気持ちが本物かを確かめる過程を描く。研究の結果、彼らの頭の中には寄生虫がいると判明している。その働きが脳に影響を与え、ふたりは妄想に悩まされ続けている。だが、そんな彼らが出会ったとき、理解しあえるのはお互いに相手だけと知る。周囲になじめず居場所がない似たような境遇、世界のすべてに拒絶されていると感じている彼らは、さらに寄生虫の習性に振り回されていく。肉体的には健康なのにちょっとした脳内ホルモン異常で日常が歪んでしまう、心に病を抱えた人々の幻覚がリアルに再現されていた。

引きこもりのプログラマー・賢吾は、クリスマスにサイバーテロを計画している。ある日、見知らぬ男からひじりという女子高生に合えと命令される。ひじりもまた賢吾と同じ悩みを抱えていた。

ふたりの脳に寄生している虫は恋心に刺激を与える能力を持つ。賢吾とひじりは何度も面会を重ねるうちに忌避感が薄れ、もはや触れ合っても大丈夫なくらい症状が改善している。ふたりでいればもう世間は怖くない、もうそれはデートのような親密さを帯びてくる。この思いは虫の働きなのか、それとも自分の本心なのか。生まれて初めて湧いてきた感情に賢吾もひじりも驚き戸惑い恐れる。それでも己を信じたい彼らのぎこちない言動は、やさしさと思いやりに満ちていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ただ、賢吾の潔癖症もひじりの視線恐怖症も、本来なら自室から一歩も外に出られず引きこもりのような状態になるはず。ある程度までは刺激に耐えられ、許容範囲内であれば何とかやり過ごせるが、限度を超えるとパニックになるのだろうか。そのあたりの初期設定があいまいで、世の中に順応できない言い訳を無理やりひねり出すような不自然さを覚えた。彼らの世界観を緻密に構築していればもう少し楽しめたはずだ。

監督     柿本ケンサク
出演     林遣都/小松菜奈/井浦新/石橋凌
ナンバー     208
オススメ度     ★★*


↓公式サイト↓
https://koi-kiseichu.jp/

梅切らぬバカ

f:id:otello:20211116133537j:plain

もう50歳になったのにいまだに自立できないわが子。規則正しい生活はできるけれど、想定外のことが起きるとパニックになってしまう。物語は、自閉症の息子と2人で暮らす母の気苦労を追う。家から授産所に通っているうちは細かい目配りができた。グループホームで共同生活を始めても気になって仕方がない。近所の住民は知的障害者から距離を取る。役所に行っても相手にしてくれない。結局、誰も頼ることはできず、自分たちで抱え込むしかない。弱者に根拠のない希望を持たせたり、住民側を人情に欠ける人々と描いたりはせず、カメラはあくまで知的障害者の周辺で起きるトラブルを等距離で見つめる。現実では奇跡など起こらない。現状が改善される見込みも少ない。「このまま共倒れのなっちまうのかねぇ」という母の言葉が、障害者問題の深さを浮き彫りにする。

珠子と忠男が暮らす古民家の隣に草太一家が引っ越してくる。転校したばかりで友達がいない草太は、グループホームから抜け出した忠男と乗馬クラブに忍び込み、ポニーを馬場に連れ出す。

町内会長はグループホームに露骨に嫌な顔をするし、隣家のオッサンは資産価値が下がると平気で口にする。乗馬クラブの女も馬が怖がると敬遠する。みな普段は “福祉” や “助け合い” には賛同しているのだろう。ところがわが身にデメリットが降りかかると態度を翻す。人間誰もが裏表がある。グループホームの一員が小学生に暴力をふるった過去がある以上、彼らの気持ちも理解できる。知的障害者と地域の住民の関係をきれいごとではなくリアルに再現した映像は、見る者に当事者となった時の対応を考えさせる。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

両親との食事中、草太は突然泣き出し真実を話す。忠男を嫌っていた草太の父も、良心の痛みから頭を下げる。根っからの悪い人などいないし、住民たちも善意と意地悪さの両方を持っている。むしろ嘘がつけない忠男が信用できるのかもしれない。障害者との共生に正解はないが、最善は探し続ける。それがいちばん大切だとこの作品は教えてくれる。

監督     和島香太郎
出演     加賀まりこ/塚地武雅/渡辺いっけい/森口瑤子/斎藤汰鷹/徳井優/林家正蔵/高島礼子
ナンバー     206
オススメ度     ★★★*


↓公式サイト↓
https://happinet-phantom.com/umekiranubaka/

アイス・ロード

f:id:otello:20211115125442j:plain

スピードを上げれば振動が、ゆっくり走れば重量が、足元の分厚い氷を壊してしまう。冬の終わりが近い北極圏、道路代わりの凍った川がそろそろ解け始める。重くて大きな荷物を積んだ3台のトラックが地平線まで続く一本道をひた走るシーンは壮観だ。物語は、特命を帯びたドライバーたちの奮闘を追う。30時間以内に荷物を運ばなければ仲間が大勢死ぬ。間に合わせるには危険な道を進むしかない。命がけのミッションに志願した男女はあらゆる運転技術を駆使してアイスロードを疾走する。確かにスピード感はない。だが加速減速停止といった基本的な動力性能が圧倒的な重量感を持ち、一度バランスを崩すと簡単には立て直しのきかないトラックを扱う難しさがリアルに再現されていた。横転してもすぐに立て直せるのは意外だった。

鉱山に閉じ込められた坑夫の救出装置の輸送を請け負ったマイクは弟の整備士・ガーディを相棒にハンドルを握る。彼のほかに、ジムとタントゥーがそれぞれ装置を積んだトラックに乗り込む。

夜間は順調だった道のりも日が昇ると氷がゆるみ、ジムが早々と脱落する。タントゥーのトラックに同乗する保険査定人・バルネイはタントゥーを疑い、ドライバーたちの信頼関係にひびが入る。マイクにとって今や信頼できるのはガーディだけ、先住民族の女・タントゥーは黒人のジムからは理解されているが白人のバルネイには露骨に白眼視されている。このあたり、人種問題だけでなく、労働者と知的職業の対立にも触れ、いまだ根強く残るマイノリティへの偏見が浮き彫りにされていく。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

鉱山爆発の裏にあった秘密が徐々に明らかになるにつれ、マイクも少しずつ真実に気づいていくが、彼のトラックもまた割れた氷にタイヤを取られたりする。普通乗用車で使いことはまずないが、“働くクルマ” にはウインチが必需品であると初めて知った。「恐怖の報酬」をアップデートした展開にはずっと手に汗を握りっぱなしで、真面目に仕事に打ち込む労働者たちの誇り高さと責任感の強さが印象的だった。

監督     ジョナサン・ヘンズリー
出演     リーアム・ニーソン/ベンジャミン・ウォーカー/ アンバー・ミッドサンダー/マーカス・トーマス/ローレンス・フィッシュバーン
ナンバー     205
オススメ度     ★★★


↓公式サイト↓
https://gaga.ne.jp/iceroad/