こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ツユクサ

ひとり息子を亡くした痛みは決して消えないけれど、友人にも隣人にも恵まれた日々は心を穏やかにしてくれる。でも、代り映えはしない毎日にも少しの刺激は欲しくなる。物語は、隕石が運転していたクルマを直撃した女の日常に起きた小さな変化を描く。工場の仲良し3人組とは他愛ない話で盛り上がる。小学生の少年とは親友のような関係を結んでいる。そこに現れた秘密めいた男。山と海に挟まれた小さな町、人間関係は良好でとても居心地はいい。50歳を超えたヒロインは小さなアパートで独り暮らし、部屋はきれいに片づけられ、自分だけの食事でも毎食丁寧に作る。かつては酒に溺れた時期もあったのだろう、きちんとした生活をしている彼女からは、この田舎町では人々が助け合いながら生きていることが見て取れる。

芙美と、同僚の息子・航平は、隕石を捜しに行くほどの仲良し。ある夜、芙美はなじみのバーで吾郎と名乗る交通整理員と知り合う。吾郎もまたアパートで独り暮らしをしていた。

確率1億分の1の “隕石衝突” を体験したからだろうか、芙美の人生は華やいでいく。吾郎は草笛の名手で、芙美は吹き方を習っていくうちに彼のやさしさと孤独を知る。断酒会や同僚とのおしゃべりで、芙美も寂しさを感じてはいなかったものの、やはり心の中では生きる支えが欲しかったのだろう。わずらわしい駆け引きは省略してストレートに思いをぶつけ合う芙美と吾郎の恋は、もうあまり未来がないとわかっている年配者同士だからこその急展開。相手の気持ちがある程度わかったら、すぐに行動に移すことが重要と、吾郎の控えめな告白が象徴していた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

中卒でこの町から出たことがないと嘆く芙美の職場仲間・妙子が、彼女の夫の葬儀で読経した僧侶と恋仲になるエピソードがリアルで興味深い。僧侶はサーフィンを楽しみ博学を披露し、妙子を未知の世界にいざなってくれるという。いまや葬式の時にしか必要とされない仏僧の、聖職などとは程遠く世俗にまみれた姿は、人間臭くてむしろ好感が持てた。

監督     平山秀幸
出演     小林聡美/平岩紙/斎藤汰鷹/江口のりこ/桃月庵白酒/渋川清彦/泉谷しげる/松重豊
ナンバー     80
オススメ度     ★★★*


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N号棟

廃墟だと思って侵入したら管理人がいた。だが、廊下も階段も通された部屋も掃除された跡はない。それでも引っ越しの下見と言うと、住民総出でもてなしてくれる。物語は、死への恐怖から不眠症になった女子大生が友人たちと共に心霊団地を訪れ、数々の超常現象を体験する姿を描く。どこか不穏な空気をまとう人々はカルト集団のように統率が取れている。突然建物が揺れたり、原因不明の音が発生したりする。さらに、親切に接してくれた住人が飛び降りる。何が起きているのか。誰かが操っているのか。いつしか一緒に来た友人たちも彼らに感化されている。狂っているのは彼らなのか、それとも己の感覚なのか。ヒロインは真実を知るために戦う決意をする。死後の世界は生きている者と背中合わせに存在するとこの作品は訴える。

ロケハンのためにオカルト団地を訪れた史織、真帆、啓太の3人は管理人に空き部屋を紹介される。夜、彼らの歓迎会が開かれるが、ホラー映画を企画しているというと急に場が白ける。

住人のリーダー・浅野は、変な噂が立って迷惑していると史織たちに言う。また彼女は、死に関して独特の持論を持っていて、真帆は早々と彼女に心を操られてしまう。浅野を信じない史織は、ポルターガイスト現象はすべてやらせと言い切り、啓太にカメラを回し続けるよう命じる。得体のしれないモノがすぐそばにいる恐怖に耐えられない啓太は団地を去ろうとするが、最後まで見届けたい史織は浅野との対決姿勢を鮮明にしていく。いかにもなジェンダー配慮以上に、史織のダークキャラが生きていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

仲良くなった子供の飛び降りを機にとらわれの身となった史織だったが、団地の集会所で恐るべき行為が行われているところを目撃、浅野たちが狂気の集団であると確信する。細身の史織が大人の男を相手に立ちまわるなど、設定と展開にはかなり強引なところもあるが、この作品の「恐れず普段からきちんと受け入れる準備をしていれば死は穏やかに迎えられる」という主張は心を安らかにしてくれる。

監督     後藤庸介
出演     萩原みのり/山谷花純/倉悠貴/岡部たかし/筒井真理子
ナンバー     79
オススメ度     ★★*


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カモン カモン

気を引くために生意気なことを言う。困らせようとわがままな行動を取る。大人がどれだけ自分に関心を持っているかをいつも試さずにはいられない。そして怒られるとそっぽを向いて被害者のふりをする。物語は、疎遠だった甥としばらく暮らすことになった男が直面する困難を描く。9歳ながら自己主張は強く、絶対に謝ったりはしない。面倒を見てもらっているという感謝の気持ちはなく、大人が自分に合わせるのが当然。特に甘やかされて育ったわけではないのに、なんでも言うことを聞いてもらえると思っている。日本なら、ダメなものはダメとはっきりと叱りつけるだろう。だが米国のリベラルはこんな子供でも一人前の大人として扱う。もちろん物理的な暴力はいけないが、対人関係のマナーはきちんと躾けるべきではないかと思ってしまう。

全米の子供たちにインタビューをして回るジョニーは、LAにいる妹の息子・ジェシーを預かる羽目になる。いったんNYに連れて帰るが、ジェシーは気まぐれで問題ばかり起こす。

歯ブラシを買いに行ったコンビニで急にいなくなる。人通りの多い雑踏でわざとはぐれる。子供の安全が重視される米国、ジョニーは血眼になってジェシーを捜す。ジョニーの心配をよそにジェシーはふざけた態度を崩さず、それがさらにジョニーを苛立たせる。子供とはいえ独立した人間、その考えを尊重すべきという思想は理解するが、一つ間違えれば犯罪に巻き込まれかねない事態なのだ。ジョニーはもっと感情的になってもいいと思う。さらに、嘘をついてトイレに籠り駄々をこねるに至っては、見ているこちらの堪忍袋の緒が切れそうになった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

もちろん映画は、理解できない他人とはきちんと対話することが大切と訴えている。自分だけが正しいと信じ込むのはばかげたこと。ウクライナがロシアの侵略を受けている現在、考え方の合わない相手は力でねじ伏せるという発想は否定されるべきだ。ただ、ガキ相手にここまで気を遣う必要はない。ジェシーはロクな大人にならない気がした。

監督     マイク・ミルズ
出演     ホアキン・フェニックス/ウッディ・ノーマン/ギャビー・ホフマン
ナンバー     78
オススメ度     ★★*


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ベルイマン島にて

小さな空港からクルマでドライブしフェリーに乗る。カーナビがないとたどりつけない孤島の小さな村は、あの巨匠が愛してやまない場所だった。豊かな日差しに恵まれた緑豊かな土地と遠浅の美しいビーチ。過ごしやすい夏の気候は、逆に冬の陰鬱な厳しさを想起させる。物語は、新作の構想を練るためにこの地を訪れた映画作家夫婦が、インスピレーションをなかなか得られず苦悩する姿を描く。夫は新作のキャンペーンという気楽な立場、まだアイデアをメモする程度で接待や観光を楽しんでいる。妻は本格的に脚本を書き始めるがなかなかいい結末が思い浮かばずいら立ちを隠さない。だが、ゆかりの地を巡ることで徐々に骨格に肉付けされていく。ベルイマンとは、ある程度ベテランのクリエーターにとっていまだに直感の泉たる存在なのだろうか。

ベルイマンの家に滞在するトニーとクリス。トニーが観光ツアーに出ている間、クリスは地元の映画学生にガイドブックにない穴場を案内してもらい、創作意欲に火が付く。

戻ってきたトニーに、クリスは思いついたプロットを話す。十代のころに熱烈な恋に落ちたけれど別れてしまったカップルが十数年後に共通の友人の結婚式で偶然同席し、かつての情熱を取り戻す。付き合っていたころそのままに逢瀬を重ねるが、男は期間限定と割り切っているが女は運命だと信じている。余裕のある男に対して、必死にしがみつこうとする女。彼女の思いが強くなるほど、彼の気持ちは冷めていく。ある意味、トニーとクリスの関係が投影されたふたりの寓話は、男女間のパワーバランスは若い時ほど女が優位で、成熟するにしたがって男が逆転するという真実を衝く。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ただ、再会カップルのエピソードを長々と映像化したのは、トニーとクリスの葛藤だけでは話が持たないからに思える。現実は、映画のように劇的な事件が次々と起こるわけではない。クリスの想像力が産んだ恋愛が感情的なリアリティを持つほど、映画作りは地味で忍耐の必要な作業の連続であると訴えているようだった。

監督     ミア・ハンセン=ラブ
出演     ビッキー・クリープス/ティム・ロス/ミア・ワシコウスカ/アンデルシュ・ダニエルセン・リー
ナンバー     76
オススメ度     ★★*


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https://bergman-island.jp/

パリ13区

募集したルームメイトは同性だったのに、やってきたのは黒人の男。だが、知的で精力的な彼に魅力を感じた女は同居を許してしまう。物語は、パリ南部の住宅街で暮らす中国系女と黒人男、さらに32歳の女子大生の日常を描く。フィーリングが合えばすぐにセックスはするが、なかなかそれ以上の関係にはなれない。一緒にいる時間は楽しいけれど、四六時中拘束されると気が重くなる。自分を犠牲にしてまで付き合っていたいとは思わない。そこにあるのは刹那的な快楽のみ。誰もが心に浮かんだことを忖度なしに口にして相手を傷つける。でも相手の本音を知ったからこそ自分の本心とも向き合える。ふた言目にはギスギスとした空気になってしまう彼らの会話、外国出身者が住む多民族地域ではきちんと自己主張しなければ認めてもらえないのだ。

エミリーは、新しくルームメイトになったカミーユとほどなくセックスする仲になる。だが、カミーユが黒人ガールフレンドを部屋に連れ込んだことから、エイミーはカミーユを追い出す。

典型的な “フランス人” の血を引いていない2人。それでもきちんと社会に溶け込み、犯罪には手を染めず福祉に頼っているわけでもない。裕福ではないが貧困層とは違う。そんな彼らの人生に立ちはだかるのはマイノリティの苦難ではなく、愛の不毛。エミリーはカミーユを本気で好きになり始めているのに、カミーユにとってはセフレの1人でしかない。好きなのに素直になれず、限度を超えると自分の気持ちを押し付けてしまう。恋の駆け引きの先にセックスがあるのではなく、セックスから始まった関係のややこしさが、21世紀的な人間関係を象徴していた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ポルノサイトの出演者と間違われて大学を中退したノラは、カミーユが働く不動産屋を手伝うようになる。カミーユはノラともセックスするのだが、やはり深く理解し合えるまでには至らない。アジア系アフリカ系欧州系と、3人の女を短期間に次々と落とすカミーユ、体格のいい黒人男はそれだけで強烈な性的アピールがあるということか?

監督     ジャック・オーディアール
出演     ルーシー・チャン/マキタ・サンバ/ノエミ・メルラン/ジェニー・ベス/カミーユ・レオン=フュシアン/ポル・ホワイト
ナンバー     75
オススメ度     ★★*


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マリー・ミー

体を激しくくねらせながら超絶ボイスで永遠の愛を高らかに歌い上げる。華やかかつ洗練されたステージは全米のファンを魅了する。物語は、ライブ会場で “MARRY ME” と書かれたサインボードを持っていたのがきっかけで、スーパースターと結婚することになったシングルファーザーの葛藤を描く。圧倒的な成功者と小学校の数学教師、まったく住む世界が違うふたりは世間の手前愛し合おうとするフリはするが、自分たちも含めて誰も本気ではないのはわかっている。若いころからショービズ界にいた彼女は、それでも彼の娘の悩みを知ると解決に協力する。その、天上人がほんの束の間見た庶民の暮らしから、自分に足りないものが何かを悟るという展開はかなり強引。それでも、ジェニファー・ロペスアンチエイジングは、すごいものを見たという気にさせてくれる。

婚約者・バスチャンの浮気で挙式当日に破局したキャットは、その場の勢いでチャーリーを結婚相手に指名する。空気を読んだチャーリーはうまく合わせるが、次第にキャットに魅力を感じていく。

高層マンションに住んではいるが、次々とスタッフが部屋に入ってくる。配信用の “プライベート” を撮影するカメラマンが常に密着しているので、ひとりになれる時間はほとんどない。キャット自身はその生活が普通で特に不便も感じていないのだろう。だがチャーリーは戸惑うばかり。なんとかキャットの要望に沿うように努力しているがやはり心から楽しんでいるわけではない。一方でキャットはチャーリーの勤務先の小学校を訪問して児童やチャーリーの娘・ルーと交流、キャットの方から壁を低くしてチャーリーの気持ちをほぐしていく。そんな、実体のない格差婚、やっぱり誰に感情移入していいかわからない。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

その後、バスチャンが復縁を申し込んできたせいで、キャットとチャーリーの関係に微妙な齟齬が生じる。やっぱりからかわれていたという思いもチャーリーはぬぐい切れない。まあ、私生活で男を振り回すのはジェニロペらしくていいのだが。。。

監督     カット・コイロ
出演     ジェニファー・ロペス/オーウェン・ウィルソン/ マルーマ/ジョン・ブラッドリー/サラ・シルバーマン/クロエ・コールマン
ナンバー     74
オススメ度     ★★*


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ハッチング 孵化

カラスの卵だと思っていた。だがそれは次第に大きくなり、恐竜のような外見の雛が生まれてきた。物語は、一見平和な家庭で暮らす少女が雛を通じて内面の怒りを露わにしていく姿を描く。母は動画配信サイトに夢中で、彼女にカメラを向けられたときだけは理想の家族を演じる。父は温厚で物分かりが良い。生意気な弟はまだまだ幼いところもある。母の期待を一身に受けた少女は笑顔を作らなければならない。そんな時、雛に起きた変異。少女の抑圧された感情と本心を敏感に察知する雛は驚愕の行動に出る。そして1枚ずつはがされていく仮面家族の真実。醜悪だが高度な知性を具えた雛と、美しくも繊細で傷つきやすい少女の感覚と精神がシンクロし一体化していく過程が、切なく哀しく美しくもグロテスクだった。

母の期待に応えようと体操の練習に励むティンヤは、大きな雛を家族に隠して飼っている。ある夜、ティンヤが隣家の犬の遠吠えに眠れずイラついていると、雛が犬の鳴き声を止めてしまう。

雛はティンヤの言葉が理解できるのか、アッリと名乗る。ティンヤが口にしたことだけでなく、ふと頭に浮かんだ邪念を敏感に察知し先回りして処理するようになる。ティンヤが不快に思うものや人を直接的暴力的に排除するのだ。ティンヤはその暴走を止められず、ティンヤのアッリに対する気持ちは少しずつ疎ましいものになっていく。一方で、何事にもアグレッシブな母の浮気を目撃するティンヤ。母は浮気相手の家に泊りがけで行くときにティンヤを誘う。ティンヤが父に問い質すと、“彼女を尊敬している” と父は浮気を容認している。もう、フィンランドでは性差がここまで解消されているのだろうか。ただ、もし男女逆で、愛人の元に泊まりに行く夫を妻が見送るという設定だったら、フェミニストが大騒ぎすると思うのだが。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

アッリの行動はティンヤの胸の奥に凝縮された悪意の発露。その間少しずつ獣から進化していくアッリの変貌にはホラーの趣が強く、端正に撮影された映像がより恐怖感を醸し出す。

監督     ハンナ・ベルイホルム
出演     シーリ・ソラリンナ/ソフィア・ヘイッキラ/ヤニ・ボラネン/レイノ・ノルディン
ナンバー     73
オススメ度     ★★★*


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https://gaga.ne.jp/hatching/