こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

はい、泳げません

水が怖い。顔に水がかかっただけでパニックになる。ましてやプールに入るなどもってのほか。泳ぐなんて絶対に無理。物語は、中年になっても水への恐怖を持つ男が、スイミングスクールに通うことで克服していく姿を描く。大学生に哲学を教えている。いつも何かを考え、その考えを突き詰めている。論理的には水は恐れるものではないと理解している。なのに水を目の前にすると心が固まってしまう。スイミングコーチが彼の気持ちをほぐそうとさまざまなアドバイスをすると、少しずつではあるが水を受け入れられるようになっていく。そして明らかになっていくトラウマの正体。ほんの少しの水に対しても、主人公はゴキブリにざわつく少女のような大袈裟な反応を見せる。この設定では洗顔もできないはずだが、普段の暮らしに支障はないのだろうか。

広告を見たのがきっかけで体験入会した小鳥遊は、水泳コーチ・静香の指導でプールに入れるようになる。そして数年前に水難事故で亡くした息子への気持ちを整理していく。

バツイチの小鳥遊は理容師母子とピクニックに行ったりする関係だが、なかなかそれ以上進展しない。ことあるごとに息子を救えなかった記憶がよみがえり、新たに義息子ができても父親としての務めを果たす自信が持てないのだ。水泳教室での上達がそのまま小鳥遊の精神的な変化となって日常生活に反映されていくが、やっぱりすんなりとは解決しない。人生は思うようには進まない、それでもさまざまな困難を乗り越える体験が生きる喜びにつながるとこの作品は訴える。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ただ、哲学や水泳の掘り下げ方が甘く、雰囲気だけをなぞっている感じがしてならない。プールに入る前はシャワーを浴びて整髪料や化粧を落とすものだが、誰もそんなことはしないし、一方で小鳥遊は口を開けたまま水中で号泣したりする。コメディに振り切るのなら許されるのだろうが、それらリアリティのない表現の連続はスクリーンに集中させてくれなかった。共感できるエピソードが一つでもあれば楽しめたのだが。

監督     渡辺謙作
出演     長谷川博己/綾瀬はるか/伊佐山ひろ子/広岡由里子/占部房子/上原奈美/阿部純子/麻生久美子
ナンバー     107
オススメ度     ★★


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ぼくの歌が聴こえたら

艶のある声は人の心に深く染み入る。抜群のテクニックで爪弾かれたサウンドは肉体をノリノリにしてくれる。だが、演奏中の姿を大勢の視線にさらすのには耐えられない。物語は、借金まみれの音楽プロデューサーが偶然発掘したミュージシャンと地方巡業をしながら信頼と友情を築いていく過程を描く。聴衆に見られないために大型冷蔵庫の空き箱の中に入る。狭い空間でギターをかき鳴らしながら歌う。それでも最初は失神するほど緊張した。こんな自分にツアーは務まるのか。自信を無くした若者にプロデューサーはそっと寄り添い負担にならないように励まし続ける。ゆく先々で2人は地元の有名店で食事をするが、パフォーマンスが成功した時は豪勢に飲食し、失敗したときはカップ麺をすすって痛飲する。それらの料理がバラエティに富んでいて食欲をそそる。

駐車場で耳にしたメロディに直感がひらめいたミンスは、演奏していたチフンを強引に口説き契約を結ぶ。2人は街頭ゲリラライブで投げ銭を稼ごうとするが、チフンの気持ちは落ち着かない。

聴衆は皆スマホを向けている。箱に空けた穴から外の様子を見るチフン。段ボール箱というSNS映えしない構図だが、それはそれでかえって物珍しいのかもしれない。西洋人のパフォーマーとのセッションではたくさんの投げ銭をもらったりもする。しかし、箱に入らずにナイトクラブのステージ上がると、たちまち心がざわついて演奏どころではなくなる。己の弱さは自覚している。ミンスが見守っているから大丈夫なのもわかっている。なのに、子供のころ受けたトラウマは消えない。過去を克服できずないチフンの号泣は、人間の弱さを象徴していた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

その後、音楽祭に参加したりキャンプ場でロマ音楽を体験したりして、チフンはひとり立ちできるようになる。ギターからピアノ、ドラムまで器用にこなす彼は、生まれつきのスターのよう。ありきたりな主人公の青春・成長の枠にはめることなく、チフンの歌を主役に据えるという割り切りは、少し物足りなさも覚えたが。

監督     ヤン・ジョンウン
出演     チャンヨル/チョ・ダルファン
ナンバー     109
オススメ度     ★★*


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モガディシュ 脱出までの14日間

町中で武装したゴロツキが発砲を繰り返している。年端もいかない少年兵もいる。一緒に逃げるのは、同じ民族なのに袂を分かった敵。物語は、ソマリアの内戦に巻き込まれた南北朝鮮の外交官たちが、力を合わせて脱出しようとする姿を描く。友好国はあてにならず、仕方なく南の大使に頭を下げる北の大使。さんざん外交工作を邪魔されてきただけに、南の大使館員たちの追い返せという声も小さくない。それでも人道的立場から女子供を含む北の一団を保護する。いつ裏切られるかわからない。だが、信じるしかない。そんな葛藤を経て、やがて彼らの間には友情と信頼が生まれていく。ガチガチの思想に染まっているように振舞っていても、体制の矛盾には気づいている。それを態度に出せない北の公務員たちの複雑な感情がリアルに再現されていた。

ソマリア大統領に面談を申し込んだ韓国大使・ハンは地元ギャングの襲撃を受けてキャンセルされる。襲撃は北朝鮮大使・リムの嫌がらせ、さっそくハンはリムに抗議する。

リムは当然涼しい顔で受け流すが、折しもソマリア反政府軍が首都に進攻してくる。慌てて大使館に戻るが北の大使館は略奪され食料もない。警官を手なずける韓国大使館はかろうじて無事だったか、北の外交官たちが避難してくると警官は逃げ出してしまう。このあたりのソマリアの政府・役人の腐敗ぶりは、大国の勢力争いに巻き込まれた発展途上国の現実だ。その後、韓国側が長テーブルに用意した食事を、南北双方の外交官とその家族が囲む。不信感から手を付けないリムに毒見をするハン。お互いの疑心暗鬼がほぐれていく過程は、一緒に食べることで連帯感が生まれると教えてくれる。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

イタリア大使館が手配した脱出機に乗れるのは韓国人だけ。北の避難民は一旦転向しなければ助けてもらえない。最悪の状況なのに北の工作員の祖国への忠誠心はどれほど痛めつけられても揺るがない。そんな男が最期に見せる意地が、命よりも大切なものがこの世にはあると訴えていた。

監督     リュ・スンワン
出演     キム・ユンソク/ホ・ジュノ/チョ・インソン/ク・ギョファン/キム・ソジン/チョン・マンシク
ナンバー     85
オススメ度     ★★★*


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ALIVEHOON アライブフーン

右に曲がる時は左にハンドルを切り、左に曲がる時は右にハンドルを切る。後輪はハンドブレーキでロックして横滑りさせ、コーナーを出る寸前でアクセルを踏み込む。物語は、実車でのドリフトレースに挑戦するゲームチャンピオンの活躍を描く。モニター上に再現された難路でのドライブテクニックでは誰にも負けない。だが、本物のクルマは曲がる時も加速するときも強力な重力がかかり肉体に大きな負担をもたらす。ところが主人公は一度体験すると重力を克服し、操作のコツも難なく体得し、一度走ったコースだけでなく、未知のコースでもあっさりと自分の技術を再現していく天才。1対1の勝負、2台のレースカーが20センチほどの距離を保ったまま高速ドリフトで並走するシーンは、カーレースを芸術の域にまで昇華させていた。

負傷した武藤の代わりにドライバーとなった紘一は猛特訓を受けて新人戦に臨むが、柴崎との駆け引きに負ける。しかし、彼の才能は評価され日本一を決めるドリフェスへの参加が認められる。

ゲームの世界にどっぷりと浸っていた紘一は感情表現が苦手で他人とのコミュニケーションがうまく取れない。チームオーナーの武藤はゲーマーへの偏見を隠さない。整備士の夏美が取り持ち、なんとか衝突を防いでいる。ライバルの柴崎も鼻持ちならない性格。およそ社会性のない人々が非常識なふるまいを繰り返すのには鼻白んだが、むしろ人間ドラマの部分を切り捨て、ドリフトのテクニックを見せることに重点を置いたところに好感が持てた。スピードやジャンプや大掛かりな破壊ばかりの大味な米国のカーアクションとはまったく趣向が違い、ち密な計算と操作がものを言う世界は驚きに満ちていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ドリフェスにエントリーした紘一は次々と強豪に打ち勝ち、柴崎との再戦に臨む。挫折らしい挫折もなく階段を駆け上っていく紘一は、現代の若者の “嫌な思いをしたくない症候群” を象徴していた。返事もまともにできなかった紘一がきちんと武藤に挨拶するほどに成長したのは微笑ましかった。

監督     下山天
出演     野村周平/吉川愛/青柳翔/福山翔大/本田博太郎/モロ師岡/土屋アンナ/陣内孝則
ナンバー     108
オススメ度     ★★★


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https://alivehoon.com/

東京2020オリンピック SIDE:A

IOC会長と大会組織委員会会長、五輪が動かす巨額マネーを差配する老人たちは笑顔を絶やさない。彼らの取り巻きも愛想笑いに終始し、転がり込む利権にほくそ笑む。そんな想像をしたくなるプロローグが金権五輪を象徴していた。カメラは、後世に語り継がれるであろう “失敗五輪” を独自の視点で切り取る。当初の約3倍に膨れ上がった開催費用に反対派の意気は高い。追い打ちをかけるかのようにコロナ禍での1年延期。とりあえず無観客の国立競技場で天皇による開会宣言はなされた。厳しい行動制限で感染が広がることもなく大会は進行する。映画は、競技の記録そのものには興味を示さず、難民枠出場選手や帰化選手、改革を訴え実行に移す選手たちにスポットを当て、2021年夏の喧騒はいったい何だったのかを検証する。上映館もほぼ無観客だったのには苦笑したが。

1964年大会でオランダ人選手に金メダルを奪われたのが、日本柔道の原点という柔道界の重鎮。シリアのトライアスロン選手は亡命後新国籍を取れず “難民枠” で出場するという。

まだ “鎖国” 状態だった日本に、家族を同伴させる女子選手がいる。乳児を抱えていて母乳を与えなければならないという理由で、夫と赤ちゃんを厳しい行動制限をしている日本に滞在させている。もちろん選手と母を両立させるのはよいことだが、この費用はいったいだれが負担しているのだろうか。またスケボーやサーフィンなど、既成の価値観を疑い拘束を嫌う若者たちが自由に演技する競技は、やっぱり五輪には向かないと思う。金メダルなどという物は彼らが最も嫌う権威のはずだが。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

それでも、柔道の大野だけは「アスリートやスポーツ選手ではなく柔道家になりたい」と断言する。気を緩めるのは優勝の瞬間だけでいい。己の肉体と精神を鍛えぬいてさらなる高みを目指す。まるで修行僧のようなストイックな生き方は「オリンピックの雰囲気を楽しむ」と言わなければダサいという風潮のなかでひときわ異彩を放っていた。大野のようなタイプはもはや絶滅危惧種なのだろうか。

監督     河瀬直美
出演     
ナンバー     106
オススメ度     ★★


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https://tokyo2020-officialfilm.jp/

極主夫道 ザ・シネマ

料理に弁当作り、掃除にゴキブリ退治、スーパーへの買い出しまで完璧にこなす男。色鮮やかな刺青を背負い上半身はバッキバキに鍛え上げ、身体能力は恐ろしく高い。特に町内会費の集金でみかじめ料を要求するような口上で近隣を回り、500円だけ徴収するオチは気が利いていた。物語は、元極道が家族のために奮闘する姿を描く。足を洗ったとはいえ、仁義を重んじる気持ちは1ミリも衰えていない。弱い者から奪おうとする奴は許せない。妻から暴力は絶対にダメと念を押される中、人脈と知恵を絞って小さな保育園を狙う地上げ屋を撃退する心意気は、愛情あふれる父親そのもの。周囲の人間が大げさなリアクションをする中で、ひとり大阪弁で硬派を貫く彼の背中は、守るべきものを持つ男の責任と矜持が凝縮されていた。

専業主婦として妻子と暮らす龍は多忙な毎日を送っている。ある日、玄関前にベビーカーに乗った幼児が放置されているのを発見、妻・美久と相談の上、自分たちで面倒を見ることにする。

リュウと名付けられた男の子はさっそく近所の保育園に預けられるが、共働きでもないのにあっさり入園が認められる。なぜならその保育園は地上げ屋に狙われていて、チンピラが周囲をうろついては嫌がらせを繰り返しているから。リュウを送り迎えしながら保育園の用心棒的な存在になっていく龍はいつしか園長に頼られる存在になっている。舎弟やかつての知り合いにも加勢を頼みチンピラたちを追い払っていく過程で、笑いを取るために大ボケをかましまくるのだが、そのテンションについていけなかった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ところがリュウと娘が狙われたことから事態は急展開、派手なカーアクションを繰り広げた後に意外な真相にたどり着く。ただ、少しずつこの作品の世界観に慣れてくるとひとつひとつのギャグがキメ台詞のように思えてくる。とくに、クッキー!扮する武器商人が使い方を説明するシーンは不条理を笑いに昇華していた。地上げ屋との最終決戦は境内での撮影許可が出なかったのだろうか。。。

監督     瑠東東一郎
出演     玉木宏/川口春奈/志尊淳/古川雄大/玉城ティナ/MEGUMI/白鳥玉季/くっきー!/滝藤賢一/稲森いずみ/竹中直人/吉田鋼太郎/松本まりか/安達祐実
ナンバー     103
オススメ度     ★★*


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https://www.gokushufudo-movie.jp/

君を想い、バスに乗る

残された時間はあとわずか、生きているうちにやっておかなければならないことがある。妻に先立たれた老人は小さなスーツケースひとつでバスの旅に出る。物語は、主人公が道中出会う人々とほんの少し交流しながら最果ての地を目指す姿を描く。カネはあまり持っていない、バスの無料パスだけが頼り。路線バスと長距離バスを乗り継ぎ、乗車・降車するたびに言葉を交わした老若男女に自分が生きた足跡を印す。荒涼とした丘陵地帯から都会に近づくと、少しずつ町も人情も洗練されていく。それとともに今まで暮らしてきた世界では体験できなかった新たな価値観との遭遇もある。その過程で思い出すのは、妻も自分もまだ若く未来が輝いて見えた時代。甘くて切ないノスタルジーが全編を貫き、ひとりの男の人生が凝縮されていた。

スコットランド東部の街からウェールズ最西端のランズエンドへ向けて出発したトム。ルートもホテルも綿密な計画を立てていたが、バスで寝過ごし親切な夫婦の部屋に泊めてもらう。

スマホなど持っていない。突然のハプニングにも助けを呼べず、なじみのない街でさまよったりするトム。基本的に人々は老人にやさしく、どこに行ってもだいたい好奇心と好意で迎えられる。特にニカブをかぶった女に絡むチンピラを退散させるシーンは彼の勇気を象徴していた。ただ、イスラム過激派の中では、全身を黒布で覆った女が自爆テロを起こすこともあるので、チンピラが警戒する気持ちも理解できる。現にフランスでは禁止されている。イスラム教徒を差別してはならないが、そこにつけこむテロリストもいるのだから。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

いちばん幸せだったのは、家族3人で過ごした1年間。今もあの頃の充足感は少しも色あせていない。そして味わった悲しみはいつも胸を締め付ける。愛する者に先立たれ、見ることのなかった未来を想像して生きる。妻との間は、平穏ではあっても喜びに満ちたものではなかったのだろう。やっとその思いから解放される時が来る、トムの表情は安堵に満ちていた。

監督     ギリーズ・マッキノン
出演     ティモシー・スポール/フィリス・ローガン
ナンバー     105
オススメ度     ★★★


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